日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

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第七章 水郷会児童福祉施設 あけぼし

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 あけぼしに戻ると美鈴さんがソファーに座ってスマホをいじっていた。どうやらゲームをしているらしく、彼女は真剣にスマホを両手で握って画面を凝視している。
「戻ったよ」
 逢川さんがそう声を掛けると美鈴さんは顔を上げるとなく「おかえりなさーい」とから返事をした。そして数秒、間を置いて「うっ! あーあ、負けちゃったよ」と言って顔を上げた。
「聖那ちゃん大丈夫だった?」
「うん。ただの貧血だってさ」
「そっかそっか。それなら良かったよ。……んじゃ撤収準備しちゃうねぇ」
 美鈴さんはそう言うとその場でチャイナドレスを思い切り脱ぎ始めた。逢川さんは呆れた調子で部屋から出て行く。
「そういえば弥生さんと香澄さんは?」
「ああ、弥生は子守に行ったよ。鹿島ちゃんはてんびん座の見学だってさ。二人とも熱心だよねぇ」
 美鈴さんは他人事みたいに言うと下着姿のままバッグを漁り始めた。そして中からノースリーブのシャツとデニムのショートパンツを取り出してパパッと着替えた。そしてドアの向こうに向かって「逢川さんもういいよー」と叫ぶ。
「子守ってここの子供の?」
「うん。そだよー。あの子あれでなかなか面倒見良いんだ。……てかその子守も弥生の仕事なんだけどさ」
 美鈴さんはこともなげに言うとソファーにドカッと座った。そしてコンバースのキャンパススニーカーに足をねじ込む。
「ま、ウチらにはあんま関係ないけどね。これは完全に弥生個人のお仕事だからさ」
「そ、そうなんだ……」
「そそ。だから……」
 弥生さんはそこまで言うとスマホで時間を確認した。そして「先に撤収しちゃおう」と言った――。

 それから私たちは熱田さんに挨拶を済ませた。どうやらもうすぐイベント自体終わるらしく、彼はとてもスッキリとして顔をしていた。おそらく今日のこのイベントは思いのほか成功したのだと思う。彼の表情にはそんな満足感が浮かんでいるように感じる。
 挨拶を終えて裏口に向かっていると廊下の右側にキッズルームという部屋があった。その部屋の扉にはキリンやゾウやウサギといった動物たちの可愛らしいイラストが描かれていた。そして中からは子供たちの笑い声が聞こえる。声から察するに中には一〇人くらいの子供がいるようだ。
「ちょっと覗いてみるか」
 美鈴さんはそう言うと部屋の小窓からこっそり中を覗いた。私も美鈴さんの真横から同じように覗き込む。
『いってらっしゃいシンデレラ。でも一二時までに帰っておいで。さもないと、魔法がとけてしまいますからね』
 室内を覗くと弥生さんのそんな台詞が聞こえてきた。どうやら彼女は今絵本の読み聞かせをしているらしい。
 話の内容は……。言うまでもないけれど普通の『シンデレラ』だ。意地悪な継母にいじめられていたシンデレラが妖精の力を借りて舞踏会に行く。そして最終的には王子様と結ばれる。だいぶ端折ったけれどそんな話だ。
 これといって特別な展開なんてない。ガラスの靴が途中で粉々に砕けたりもしないし、実は妖精が悪者で真の黒幕だったなんてこともない。弥生さんが読み聞かせていたのはあくまで世間一般的な『シンデレラ』だと思う。
 でも……。彼女の読み聞かせはそんなありふれた物語の世界に子供たちを引き込んでいた。読み上げるスピードや台詞を言うときの声色の変化がとても上手く、まるで本物のナレーターみたいに聞こえた。まぁ……。元々彼女は子役だったので台詞回しは得意なのかも知れないけれど。
「弥生はああやって読み聞かせすんのが得意なんだ」
 美鈴さんは視線を室内に向けたままそう言った。そして「あの子も天才だったからね」と言った。『だった』という過去形な部分に何かしら引っかかるものはあったけれど、私は特にツッコミを入れなかった。天才子役、終末魔法少女、天沢天音、出雲櫛子……。おそらくそこら辺が今の弥生さんを形成しているのだと思う。
「んじゃ行こう。弥生の子守終わるまでまだ時間掛かるだろうから」
 美鈴さんはそう言うと小窓から顔を離した。
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