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第六章 オフィス・トライメライ 幕張研修所
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「ただいまー」
そんな弥生さんの声が玄関から聞こえた。続いて「お邪魔しまーす」という別の女の子の声も。どうやら弥生さんの他に誰かもう一人いるらしい。
いったい誰だろう? 私はそう考えながら玄関に向かった。
「ああ、ただいま。いやぁ、今そこでばったり会っちゃってさ」
弥生さんはそう言いながら隣に女の子に視線を送った。黒髪のツインテールに紺色の半袖ワンピース。背格好は……。やや小さい。そんな子だ。
「バイト終わったので立ち寄らせて貰いましたぁ。お邪魔でしたか?」
彼女はそう言うと首を傾げて見せた。そしてそうされて私もようやく気づく。
「香澄……さん?」
私は恐る恐る彼女にそう尋ねた。彼女は「はい!」と返事するととニッコリ笑う。
「ゴスロリは店長の趣味なんですよぉ。だから普段着はこんな感じです」
「そうだったんですね……」
正直に言おう。普段着の彼女は控えめに言ってかなり地味に見えた。別に見た目が悪いわけではない。ただ……。ひたすらに地味なのだ。まぁ、それはメイクもなくすっぴんだからなのかも知れないけれど。
「んじゃ香澄ちゃん上がって! 本当は部外者禁止だけど香澄ちゃんなら問題ないからさ」
「ありがとー。じゃあお邪魔します」
それから私たちはレッスン部屋の横にある談話室に向かった。談話室には畳の上に四角いテーブルと四角い座布団。あとは花柄の給湯ポット。それ以外は何もない。
「今日は衣装の手直しありがとうございました」
私は座布団を並べると香澄さんにそうお礼を伝えた。彼女は「いえいえ、こちらこそご来店ありがとうございます」と返すと少しだけ口角を上げて微笑んだ。その顔はやはりゴスロリ少女というよりは京風美人に見える。
「二人ともお茶とコーヒーどっちが良い?」
私たちがそんなやりとりをしていると弥生さんにそう訊かれた。私は「じゃあ……。お茶で」と答える。そして香澄さんは「ありがとう。私もお茶でお願いします」と答えた。
「香澄ちゃん今日は本当にありがとうね。セーラー服バラすの大変だったでしょ?」
弥生さんは茶葉を急須に入れながら香澄さんにそう尋ねた。香澄さんは「そうですねぇ」と言ってから「まぁまぁです」と答える。
「ほんと尊敬しちゃうなぁ。マジでさ」
弥生さんはしみじみ言うと急須の中のお湯をぐるぐる回した。その様子はまるで熟練された主婦のように見える。
「本当に香澄さんってすごいですね。私はミシンとか使えないから尊敬しちゃいます」
「フフフ、ありがとうございます。……まぁ、私にはこれくらいしか特技ないんですけどね」
香澄さんはそう言うと一瞬顔を曇らせた。そしてすぐに穏やかな笑みに戻ると「お二人の方がすごいですよ」と言った。
それから私たちは少しの間、お茶会のようなことをした。そして三人で談笑していると香澄さんが自身の人となりを簡単に教えてくれた。どうやら蔵田さんは彼女の叔母さんの旦那さんらしく、それが縁で彼女はUGで働いているらしい。
「あの人かなり性癖歪んでるんですよぉ。義理の姪っ子にあんな格好させて喜んでるんですから。本当にもう……。どうしようもない変態野郎ですね」
香澄さんはいつもの口調でそんな毒を吐くとお茶を口に含んだ。言葉の内容と言い方が全く合っていない。
「そうなんですね……。私はてっきり香澄さんはゴスロリ趣味なのかと」
「うーん。嫌いではないですよ? これでも縫い子ですからどんな衣装だって気にはなります。でも……。普段はまず着ないですねぇ。どちらかと言えば和装の方が好きなくらいですし」
「……確かに香澄さんは振り袖とか似合いそうですよね」
「そうそう! そうなんですよー! ほら私の顔って明らかな塩顔じゃないですか? だからゴスロリみたいな服はあんまり似合わないんですよね。化粧で多少はごまかせても弥生ちゃんみたいには着こなせないです」
香澄さんはそこまで言うと弥生さんに「弥生ちゃんは洋装似合うもんね」と話を振った。弥生さんは「まぁ……。そうね」とだけ答える。やはり今回も否定はしない。案外弥生さんは自身の可愛さについて自覚があるのかも知れない。
「蔵田さんのはねぇ……。アレばっかりはいただけないよね。まぁ彼も一応は服飾デザイナーだからテストも兼ねてるんだろうけど」
「そうですねぇ。実際私の衣装は全部店長の作品ですからね。……正直嫉妬しちゃいます。まだ私にはあれだけの服は縫えないので」
香澄さんはそう言うと「まぁそれでも変態クソ野郎なんですけどね」と付け加えた。最高に口が悪い。まぁ……。その言い方から察するに尊敬もしているのだろうけれど――。
そんな弥生さんの声が玄関から聞こえた。続いて「お邪魔しまーす」という別の女の子の声も。どうやら弥生さんの他に誰かもう一人いるらしい。
いったい誰だろう? 私はそう考えながら玄関に向かった。
「ああ、ただいま。いやぁ、今そこでばったり会っちゃってさ」
弥生さんはそう言いながら隣に女の子に視線を送った。黒髪のツインテールに紺色の半袖ワンピース。背格好は……。やや小さい。そんな子だ。
「バイト終わったので立ち寄らせて貰いましたぁ。お邪魔でしたか?」
彼女はそう言うと首を傾げて見せた。そしてそうされて私もようやく気づく。
「香澄……さん?」
私は恐る恐る彼女にそう尋ねた。彼女は「はい!」と返事するととニッコリ笑う。
「ゴスロリは店長の趣味なんですよぉ。だから普段着はこんな感じです」
「そうだったんですね……」
正直に言おう。普段着の彼女は控えめに言ってかなり地味に見えた。別に見た目が悪いわけではない。ただ……。ひたすらに地味なのだ。まぁ、それはメイクもなくすっぴんだからなのかも知れないけれど。
「んじゃ香澄ちゃん上がって! 本当は部外者禁止だけど香澄ちゃんなら問題ないからさ」
「ありがとー。じゃあお邪魔します」
それから私たちはレッスン部屋の横にある談話室に向かった。談話室には畳の上に四角いテーブルと四角い座布団。あとは花柄の給湯ポット。それ以外は何もない。
「今日は衣装の手直しありがとうございました」
私は座布団を並べると香澄さんにそうお礼を伝えた。彼女は「いえいえ、こちらこそご来店ありがとうございます」と返すと少しだけ口角を上げて微笑んだ。その顔はやはりゴスロリ少女というよりは京風美人に見える。
「二人ともお茶とコーヒーどっちが良い?」
私たちがそんなやりとりをしていると弥生さんにそう訊かれた。私は「じゃあ……。お茶で」と答える。そして香澄さんは「ありがとう。私もお茶でお願いします」と答えた。
「香澄ちゃん今日は本当にありがとうね。セーラー服バラすの大変だったでしょ?」
弥生さんは茶葉を急須に入れながら香澄さんにそう尋ねた。香澄さんは「そうですねぇ」と言ってから「まぁまぁです」と答える。
「ほんと尊敬しちゃうなぁ。マジでさ」
弥生さんはしみじみ言うと急須の中のお湯をぐるぐる回した。その様子はまるで熟練された主婦のように見える。
「本当に香澄さんってすごいですね。私はミシンとか使えないから尊敬しちゃいます」
「フフフ、ありがとうございます。……まぁ、私にはこれくらいしか特技ないんですけどね」
香澄さんはそう言うと一瞬顔を曇らせた。そしてすぐに穏やかな笑みに戻ると「お二人の方がすごいですよ」と言った。
それから私たちは少しの間、お茶会のようなことをした。そして三人で談笑していると香澄さんが自身の人となりを簡単に教えてくれた。どうやら蔵田さんは彼女の叔母さんの旦那さんらしく、それが縁で彼女はUGで働いているらしい。
「あの人かなり性癖歪んでるんですよぉ。義理の姪っ子にあんな格好させて喜んでるんですから。本当にもう……。どうしようもない変態野郎ですね」
香澄さんはいつもの口調でそんな毒を吐くとお茶を口に含んだ。言葉の内容と言い方が全く合っていない。
「そうなんですね……。私はてっきり香澄さんはゴスロリ趣味なのかと」
「うーん。嫌いではないですよ? これでも縫い子ですからどんな衣装だって気にはなります。でも……。普段はまず着ないですねぇ。どちらかと言えば和装の方が好きなくらいですし」
「……確かに香澄さんは振り袖とか似合いそうですよね」
「そうそう! そうなんですよー! ほら私の顔って明らかな塩顔じゃないですか? だからゴスロリみたいな服はあんまり似合わないんですよね。化粧で多少はごまかせても弥生ちゃんみたいには着こなせないです」
香澄さんはそこまで言うと弥生さんに「弥生ちゃんは洋装似合うもんね」と話を振った。弥生さんは「まぁ……。そうね」とだけ答える。やはり今回も否定はしない。案外弥生さんは自身の可愛さについて自覚があるのかも知れない。
「蔵田さんのはねぇ……。アレばっかりはいただけないよね。まぁ彼も一応は服飾デザイナーだからテストも兼ねてるんだろうけど」
「そうですねぇ。実際私の衣装は全部店長の作品ですからね。……正直嫉妬しちゃいます。まだ私にはあれだけの服は縫えないので」
香澄さんはそう言うと「まぁそれでも変態クソ野郎なんですけどね」と付け加えた。最高に口が悪い。まぁ……。その言い方から察するに尊敬もしているのだろうけれど――。
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