日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
39 / 176
第六章 オフィス・トライメライ 幕張研修所

しおりを挟む
 母との通話を終えると私たちは一旦トライメライの受付に向かった。そして受付の女性から研修所の鍵を受け取るとすぐにトライメライを出た。出雲社長には会わない。弥生さん曰く、「挨拶に来ないでいいって」とのことだ。
 その足で研修所に向かう。どうやらここから研修所は比較的近くにあるらしい。
「お昼食べたファミレスのすぐ近くだから」
 弥生さんはそう言うと真っ直ぐ前を見て研修所に向かった。私はそれに早足でついて行く。
「弥生さんたちってよく幕張来るの?」
「まぁね。一応こっちがエレメンタルの本社だからねぇ。どうして?」
「いや……。道に詳しいからさ」
「ああ、そっか……。聖那ちゃん的にはそう感じるよね。イベントでもなきゃ幕張なんて来ないもんね」
 弥生さんはどこか含む言い方をすると横断歩道の歩行者用ボタンを押した。横断歩道の向こう側には昼食を食べたファミレスが見える。
「しっかし……。参ったね」
 弥生さんは気が滅入っているように言うと深いため息を吐いた。私は「そうだね」とだけ返す。我ながらつまらない返事だと思う。
「まぁ……。面倒事は今始まったことじゃないんだけどね。逆に普段は私がメイリンを振り回してる感じだし」
「……そうなの?」
「ああ、そうだよ。だって無理言って魔法少女の世界にあの子を引っ張り込んだの私だし……」
 弥生さんは横断歩行の先の方をボーッと眺めながらそう言うと「だからね。メイリンに続いて聖那ちゃんが入ってくれてすごく嬉しいんだよ」と付け加えた。本音と建前。言い回し的にその両方が入り交じっているように聞こえる。
「そんなそんな。私はただお金欲しかっただけだから……。なのに二人には散々迷惑掛けちゃって」
 私はそこまで話してまた言葉に詰まってしまった。なんか今日はダメだ。美鈴さんと話したときもそうだったけれど今日は会話のリズムが良くない気がする。
 そうこうしていると信号が青に変わった。その奥で太陽が小憎らしいくらい茜色に染まっていた――。

 例のファミレスを通り過ぎて細い裏路地に入るとその建物はあった。それはまるで民家のようで一見すると研修所には見えなかった。二階建ての普通の一軒家。そんな風に見える。
「私もここ来るのは数ヶ月ぶりだよ」
 弥生さんはそう言いながら引き戸の鍵を開けた。そしてカチッという音が鳴ると扉を左側にスライドさせた。扉が開放されると中から消毒液の匂いが漂ってくる。どうやら普段からここは誰かに利用されているらしい。
「入って」
「うん」
 私は促されるままその建物の中に入った。玄関には『株式会社ニンヒアレコード』という会社のカレンダーとここの利用規約が貼られていた。あとは……。下駄箱の横に小さなテーブルが置かれ、その上にデジタル時計とキャンパスノートが置かれていた。キャンパスノートの上には太字で『利用者ノート』と書かれている。
 私がそうやって玄関を物色していると弥生さんがデジタル時計を見ながらその『利用者ノート』に何やら書き始めた。
「ここ使うときは入った日時と出た日時書くきまりなんだ」
「そうなんだ。……けっこうきっちりしてんだね」
「うん。まぁ一応ね。ああ見えてトライメライ割と大きな会社だからさ」
 弥生さんはそう言うとそのキャンパスノートを閉じた――。
 
 それから私たちは奥の部屋に進んだ。奥は鏡張りの大きな部屋で近所のバレエ教室によく似ていた。おそらくここでダンスレッスンなんかをするのだと思う。
「とりあえず適当なとこ座って待ってて! ちょっとコンビニ行ってくるから」
 弥生さんはそう言うと急ぎ足でコンビニに行ってしまった。やはり弥生さんは美鈴さんよりだいぶマイペースな性格らしい。
 壁の全身鏡を見ると座る私の姿が映っていた。そこに映る私は夏休み前より幾分細身になった気がする。顔は小さく、腕は細く。胸は……。まぁ変わらないと思う。
 それから私は鏡の前に立つと身体をほぐすようにゆっくりとストレッチをした。元々身体は柔らかい方なのでそこまでキツくは感じない。
 段々と身体が柔らかくなっていく。それはとても気持ちが良かった。まるで身体中の筋が眠りから覚めるみたい。そう感じるほどに。
 そうやってストレッチしていると不思議と心が穏やかになった。仮に明日何があっても怖くない。もし失敗したとしてもそれを糧にしよう。素直にそう思えた。まぁ……。失敗しないに超したことはないのだけれど。
 そうこうしていると玄関に人の気配がした。どうやら弥生さんが帰ってきたらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヘカテーダーク ~Diva in the dark~

海獺屋ぼの
ライト文芸
竹井希望は大叔母からの紹介でとあるバンドのドラムを担当することになった。 バンドメンバーのヴォーカルの女性と対峙したとき、希望はある違和感を覚える。 彼女の瞳には光が宿っておらず、完全な”暗闇”だったのだ……。 希望は彼らと関わっていく内にその”暗闇”の正体に徐々に近づいていくーー。 バンド活動を通して、青年たちが成長していく様子を描く、『月の女神と夜の女王』のスピンオフ作品。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...