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第六章 オフィス・トライメライ 幕張研修所

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 そうこうしていると美鈴さんのスマホに着信があった。
「あ、ごめん。親父からだ。もしもーし」
 美鈴さんはそう言って電話に出ると一言二言話して眉間に皺を寄せた。
「マジで!? 大丈夫なの? ――うんうん。わかった!」
 彼女はそこまで話すと電話を切って「まずいことになった」と言った。そして「うーん」と言って頭を抱える。
「何? どうしたん?」
 苦悶する美鈴さんに弥生さんがそう尋ねる。
「うん……。あのさ。茨城のじいちゃん救急車で運ばれたって」
「マジ!? 大丈夫なの?」
「分かんない……。親父も病院に直行したって言ってたけど。どうしよう。ここからだと鉾田えらい遠いよね」
 美鈴さんは酷く狼狽えるとまた「うーん」と唸った。
「……アホ! 考えてる場合かよ。そうだな……。とりあえず俺が香取ちゃんをその病院まで送るよ。……春日ちゃん、夏木ちゃん申し訳ないんだけど自分たちで酒々井戻って貰ってもいいかな? もちろん交通費は出すから」
 逢川さんはそこまで言うと美鈴さんに「ほら、行くぞ」と言って彼女の手を引いた。その様はまさに頼れる男って感じがする――。
 
 それからすぐに逢川さんと美鈴さんは茨城に行ってしまった。予想外のトラブルに流石の私も少し不安になる。
「あーあ、こりゃ明日の仕事潰れるかもね……。ま、そんときはそんときか」
 弥生さんはどこか諦めたみたいに言うと「お腹空いちゃったね」と言った。
「美鈴さんのおじいちゃん大丈夫かなぁ?」
「うーん。そうね……。もう結構な歳みたいだから心配だよね」
「そっかぁ。無事だと良いけど」
 私たちがそんな話をしている横で香澄さんがレジ金のチェックを始めた。どうやらUGはもう営業終了の時間らしい。
「美鈴ちゃんおじいちゃんっ子だもんね。きっとすごく不安なんじゃないかな?」
 香澄さんは器用に小銭をコイントレーに入れながらそう言うと眉をへの字に曲げた。その表情はゴスロリの衣装とは対照的にとても日本人的だ。これならゴスロリよりも十二単の方が似合うかも知れない。
「さて……。どうしよっかなぁ。とりあえずメイリンからの連絡待ちだけど」
 弥生さんはそう言うと小さくため息を吐いた――。
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