日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
35 / 176
第五章 珈琲と占いの店 地底人

しおりを挟む
 彼女はカードをシャッフルしながら私に「それで? 何を聞きたいの?」と訊いてきた。その口調に感情らしいものは籠もっていない。まるで愛想のない役場のおばさんみたいだ。
「……明日、初バイトなんです。それでどうやったら上手くいくか教えてください」
「分かったわ。そうね……。じゃあ『初めてやるアルバイトをうまくやるためにはどうしたらいいか?』で占うわね」
 彼女はそう言うと切っていたカードをクロスの上に置いて時計回りにかき混ぜ始めた。どうやらタロット占いはこうやってカードを混ぜ込むようだ。
 そうやって一通り混ぜると彼女に「じゃああなたも混ぜて」と言われた。私は促されるままカードに手を伸ばすとそれを時計回りにかき回した。硬い紙の感触が指の上を流れて行く。それは私にとって初めての体験だった。不思議と嫌な気はしない。
 そして私が混ぜる手を止めると彼女はタロットカードを束ねた。そして束ねたカードを三つの山に分けるとそれを入れ替えるように重ねた。それはなかなか奇妙な光景でまるで黒魔術の儀式でもしているように見える。……実際、タロット占いなんて黒魔術みたいなものだとは思うけれど。
 それから彼女は重ねたカードを上から六枚引いてそれを横にどけた。そして七枚目から二枚のカードを引いてクロスの中央に並べる。
「じゃあ見ていくわね」
 彼女はそう言うと二枚のカードを捲った――。
 
「あら、珍しい。両方とも大アルカナよ」
 カードが捲られると彼女は少し驚いた風に言った。
「大アルカナ?」
「ええ。……簡単に言えば大きな出来事を表すカードね」
「そ……。うなんですか」
「うん。……やっぱり物事のはじめだとこういうカードが出るのねぇ」
 彼女は感心したみたいに言うと左手で二枚のカードを撫でた。いったいこの二枚のカードにはどういう意味があるのだろう? 私は柄にもなくそんなことを思った――。

 それから彼女は出たカードの意味を教えてくれた。彼女曰く、一枚目が未来の運命、二枚目が注意点やアドバイスということらしい。
「まず一枚目ね。これは『愚者』というカードなの。ストレートに読むなら自由に出発するみたいな意味のカードよ。だから今のあなたの状況にぴったりだと思うわ」
 彼女はそう言うとその『愚者』のカードを人差し指でトントンと叩いた。カードには左側を向く旅人らしき男と降り注ぐ太陽。あとは崖と犬が描かれている。
「このカードから読み取れるあなたの未来は……。そうね、新たな旅立ちと束縛からの解放かな。重荷を捨てて身軽になるとか、新しい自分に気づく……。みたいな感じね。だから明日の仕事はあなたにとってとても大きなきっかけになるはずよ。それこそ価値観が一八〇度変わるくらいの」
「そうなんですね……。正直実感湧かないですが」
「そうでしょうね。だってこのカードが表すのは決意というよりは軽い気持ちで動いたら大きな変化があるみたいな意味だから。だから今のあなたにはぴったりなのよ。おそらくだけど……。仕事内容に特に期待とかもしてないんでしょ?」
 彼女はさも当たり前のようにそう言った。ご名答。私は魔法少女というもの自体には特に興味はないのだ。興味があるのはお給料。一日二万円という破格の日当だけ。
「まぁ……。そうですね。正直仕事内容にはあんまり興味がないです」
「フフフ、正直で良いわね。でも……。それがあなたにとっての強みなのかも知れないわね。きっと熱量がないことがあなたをあなたたらしめているんだろうから」
 彼女はサラッと失礼なことを言うと『愚者』のカードを手に取った。そして「良いカードが出たわね」と笑った。笑った顔は思いのほか人懐っこく見える。
「それでね。問題は二枚目なんだけど……」
 彼女はそう言うと今度は二枚目のカードを指先でトントン叩いた。
「なんか……。逆向きですね」
「そう! やるの初めてなら知らないだろうけど、タロットには正位置と逆位置ってものがあるの。ちなみにさっき引いた『愚者』は正位置ね」
「……じゃあ逆だと意味が違うんですね?」
 私は思ったことをバカみたいに彼女に尋ねた。彼女は「そうね」と短く返すと今度は二枚目のカードを手に取る。
「これは『女司祭』ってカードでね。知性や理性を表すカードよ。だからこれが正位置で出たとすれば落ち着いてるだとか勘が冴えるみたいに読むわ。まぁ……。今回は二枚目のアドバイスカードだからそうは読まないんだけどね」
「……それで。これは逆だとどういう意味なんですか?」
 私は逸る気持ちをどうにか抑えながら彼女に占いの続きを促した。そして気づく。私もすっかりタロット占いの世界にあてられてしまったと。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか彼女は「フフッ」と小さく鼻を鳴らした。そして続ける。
「そうね……。おそらくあなたは明日、思っていたよりもずっと緊張するわ。まぁ当然よね。初めてのアルバイトなわけだし。……それでね。今から言うことをあまり重く受け止めないで欲しいんだけど……」
 彼女はそこまで言うと一旦話を区切った。そして私の顔を覗き込むと優しく微笑んだ。さっき見た人懐っこい笑顔とは違う。優しくて厳しい。そんな強さのある笑みだ。
「きっとあなたは明日自分を責めることになると思うの。もしかしたらそれは仕事上の失敗かもしれないし、あの子たちや会社に迷惑を掛けることかもしれない。……でもね。それはそれとしてやってしまったことはきちんと受け止めて欲しいの。それが将来的に大きな財産になるから。まぁ……。たぶんあなたなら問題ないとは思うけれどね」
 彼女はそこまで話すと左手の指先で目尻を摘まんだ。そして「まぁこんな感じよ」と言って『愚者』と『女司祭』をカードの束に戻した。
「ありがとうございます」
 私はそうお礼を言って彼女に頭を下げた。すると彼女は「あと……。これは占いとは関係ないんだけどね」と言って一呼吸置いた。そして続ける。
「弥生ちゃんを支えてあげて欲しいの。あの子しっかりしてるようで結構ナイーブだから。これは私個人からのお願い。……もちろん、あなたはあの子の後輩だから仕事上では頼った方がいいわ。でもね……。きっとあなたと弥生ちゃんは良い友達になるから」
 彼女はそう言うとまたニッコリ笑った。今度は少し悲しい。そんな笑顔で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...