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第五章 珈琲と占いの店 地底人
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太陽が眩しい。暑すぎるし、嫌な汗が脇の下を流れていく。コンクリートと金属だらけの街はこれだから嫌だ。
「あんたいつまでウジウジしてんだよ?」
幕張の街を歩いていると不意に美鈴さんが弥生さんにそう声を掛けた。
「だって……。明日だよ? 聖那ちゃんだって何が何だか分かんない状態なのに……」
「はぁ。……でもさ。社長の言うとおりいつかは本番なんだから仕方ないんじゃない? 来週なら心の準備が出来るよー。ってもんでもないし」
「そりゃ……。そうかもだけど」
二人は当事者の私を置き去りにして半分喧嘩みたいになっていた。私はなんか知らないけれどどこか他人事だ。たぶん実感が湧かないんだと思う。
「聖那ちゃんごめんね。まさかこんなに急にやれって言われるとは思ってなかったんだ……。驚いたでしょ?」
弥生さんは同情したくなるくらい狼狽えながら私に謝った。
「いや、まぁ驚きはしたけど……。でも私なら大丈夫だよ! 決まったらやるしかないからね」
そう。決まったことはやるしかないのだ。逆に決めてしまったからやれるとも言える気がする。まぁこれは『物事は決めた時点で八割終わっている』という母の口癖みたいな言葉が私に染み割っているからだろうけれど。
「弥生は完璧主義すぎんだよ。誰だって最初は上手くはできないんだからさぁ。それに……。仮に失敗したってクビにされたりしないと思うよ? だって私がクビになってねーんだし」
美鈴さんは自虐とも自慢ともとれるようなことを言うと弥生さんの肩を叩いた。
「……そうだね。決まったからにはやるしかないか。でも! 対策だけはしとこ。じゃないと本当に大失敗になるから!」
「そうね。じゃあ今からトライメライで演技指導してもらう?」
「それもアリだけど……。たぶん今日は難しいかな。ほら、氷川社長上海行ってるって言ってたじゃん? アレたぶんトライメライのサポートだと思うんだよね」
「あー……。確かに。んじゃトライメライに演技指導できる人間は残ってないか……」
二人は何やらあーでもないこーでもないと私の明日について相談していた。私はそれに口を挟むことなく耳だけ傾ける。
「とりあえず! できることをしよう! まずはウチらからの説明と演技指導でしょ。あとは香澄ちゃんもその手の話には詳しいから話聞いて……。と」
弥生さんはそこまで言うと「そうだ!」と言って視線を上げた。
「ねえ? まだ時間あるし地底人寄ってかない? あそこなら何かヒント貰えそうだし」
「地底人ねえ……。ま、いいんじゃん? あんたあの店好きだよね」
「まぁね。でも、あそこのママのアドバイスはけっこう当たるよ? あんたが魔法少女になったのだってママから貰ったアドバイスのお陰だしね」
弥生さんはそう言うと私の方に向きなおった。そして「聖那ちゃん占いとか大丈夫な人?」と言った――。
占いと聞いて私が最初に思い浮かべたのは星占いだった。朝のニュースの前にちょこっと流れてるランキング的なやつ。『六位は蠍座! 今日はサラダを食べるとハッピーな気分になるかも?』とかいう信憑性のないアレだ。
「ちょっと待って弥生。鹿島ちゃんに何時ぐらいに仕上がるか聞くから」
美鈴さんは弥生さんにそう声を掛けるとスマホを取り出した。そしてどこかに電話を掛け始める。
「――香取です。はい。――こんにちは。――ハハハ、まぁ普通っすね。あの鹿島ちゃん電話出れます?」
美鈴さんは電話口の相手に軽く挨拶すると香澄さんに取り次いで貰うように頼んだ。おそらくUGに掛けたら蔵田さんが電話に出たのだと思う。
「――もしもーし。ごめんね忙しいのに。――うん! 試しに振ってみたけど調子良かったよ。あんがとね。――そうそう! もうトライメライ出たんだ。逢川さんだけ会社に残ってるけど。――いやぁ。どうだろね? そこまで忙しそうじゃなかったけど。――うんうん。そっか、そっちも大変だよねぇ」
美鈴さんはまるで営業マンみたいな口調で香澄さんと話していた。その様子は友達というよりも親しい取引先みたいに見える。
「でさ! 縫製何時ぐらいまで掛かりそう? ――三時半ね……。了解了解! んじゃ夕方取りに行くね! よろしくお願いしまーす」
美鈴さんはそこまで話すと電話を切った。そして「あの様子じゃあと一時間で終わるね」と言って苦笑する。
「香澄ちゃんのミシンめっちゃ早いもん。あれは才能だよねぇ」
弥生さんは感心したみたいに言うと「フッ」と嬉しそうに鼻を鳴らす。
「マジでね。あの子も大概だよ。……天才って奴なんだろうけどさ。……したら聖那ちゃん。少し買い物したらUG戻ろっか。つーか飯食お! 飯!」
美鈴さんはそう言うと大きく背伸びする。
「その前に……。弥生さん占いって?」
「ああ、それは――」
弥生さんはそう言うと簡単に占いのことを教えてくれた――。
「あんたいつまでウジウジしてんだよ?」
幕張の街を歩いていると不意に美鈴さんが弥生さんにそう声を掛けた。
「だって……。明日だよ? 聖那ちゃんだって何が何だか分かんない状態なのに……」
「はぁ。……でもさ。社長の言うとおりいつかは本番なんだから仕方ないんじゃない? 来週なら心の準備が出来るよー。ってもんでもないし」
「そりゃ……。そうかもだけど」
二人は当事者の私を置き去りにして半分喧嘩みたいになっていた。私はなんか知らないけれどどこか他人事だ。たぶん実感が湧かないんだと思う。
「聖那ちゃんごめんね。まさかこんなに急にやれって言われるとは思ってなかったんだ……。驚いたでしょ?」
弥生さんは同情したくなるくらい狼狽えながら私に謝った。
「いや、まぁ驚きはしたけど……。でも私なら大丈夫だよ! 決まったらやるしかないからね」
そう。決まったことはやるしかないのだ。逆に決めてしまったからやれるとも言える気がする。まぁこれは『物事は決めた時点で八割終わっている』という母の口癖みたいな言葉が私に染み割っているからだろうけれど。
「弥生は完璧主義すぎんだよ。誰だって最初は上手くはできないんだからさぁ。それに……。仮に失敗したってクビにされたりしないと思うよ? だって私がクビになってねーんだし」
美鈴さんは自虐とも自慢ともとれるようなことを言うと弥生さんの肩を叩いた。
「……そうだね。決まったからにはやるしかないか。でも! 対策だけはしとこ。じゃないと本当に大失敗になるから!」
「そうね。じゃあ今からトライメライで演技指導してもらう?」
「それもアリだけど……。たぶん今日は難しいかな。ほら、氷川社長上海行ってるって言ってたじゃん? アレたぶんトライメライのサポートだと思うんだよね」
「あー……。確かに。んじゃトライメライに演技指導できる人間は残ってないか……」
二人は何やらあーでもないこーでもないと私の明日について相談していた。私はそれに口を挟むことなく耳だけ傾ける。
「とりあえず! できることをしよう! まずはウチらからの説明と演技指導でしょ。あとは香澄ちゃんもその手の話には詳しいから話聞いて……。と」
弥生さんはそこまで言うと「そうだ!」と言って視線を上げた。
「ねえ? まだ時間あるし地底人寄ってかない? あそこなら何かヒント貰えそうだし」
「地底人ねえ……。ま、いいんじゃん? あんたあの店好きだよね」
「まぁね。でも、あそこのママのアドバイスはけっこう当たるよ? あんたが魔法少女になったのだってママから貰ったアドバイスのお陰だしね」
弥生さんはそう言うと私の方に向きなおった。そして「聖那ちゃん占いとか大丈夫な人?」と言った――。
占いと聞いて私が最初に思い浮かべたのは星占いだった。朝のニュースの前にちょこっと流れてるランキング的なやつ。『六位は蠍座! 今日はサラダを食べるとハッピーな気分になるかも?』とかいう信憑性のないアレだ。
「ちょっと待って弥生。鹿島ちゃんに何時ぐらいに仕上がるか聞くから」
美鈴さんは弥生さんにそう声を掛けるとスマホを取り出した。そしてどこかに電話を掛け始める。
「――香取です。はい。――こんにちは。――ハハハ、まぁ普通っすね。あの鹿島ちゃん電話出れます?」
美鈴さんは電話口の相手に軽く挨拶すると香澄さんに取り次いで貰うように頼んだ。おそらくUGに掛けたら蔵田さんが電話に出たのだと思う。
「――もしもーし。ごめんね忙しいのに。――うん! 試しに振ってみたけど調子良かったよ。あんがとね。――そうそう! もうトライメライ出たんだ。逢川さんだけ会社に残ってるけど。――いやぁ。どうだろね? そこまで忙しそうじゃなかったけど。――うんうん。そっか、そっちも大変だよねぇ」
美鈴さんはまるで営業マンみたいな口調で香澄さんと話していた。その様子は友達というよりも親しい取引先みたいに見える。
「でさ! 縫製何時ぐらいまで掛かりそう? ――三時半ね……。了解了解! んじゃ夕方取りに行くね! よろしくお願いしまーす」
美鈴さんはそこまで話すと電話を切った。そして「あの様子じゃあと一時間で終わるね」と言って苦笑する。
「香澄ちゃんのミシンめっちゃ早いもん。あれは才能だよねぇ」
弥生さんは感心したみたいに言うと「フッ」と嬉しそうに鼻を鳴らす。
「マジでね。あの子も大概だよ。……天才って奴なんだろうけどさ。……したら聖那ちゃん。少し買い物したらUG戻ろっか。つーか飯食お! 飯!」
美鈴さんはそう言うと大きく背伸びする。
「その前に……。弥生さん占いって?」
「ああ、それは――」
弥生さんはそう言うと簡単に占いのことを教えてくれた――。
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