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第四章 オフィス・トライメライ
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UG幕張での用事を終えると地上に戻った。来たときに使ったあの薄暗い廊下を使わない。どうやらここには正規の入り口があるようだ。
地上に出るとさっきまでの風景が嘘みたいに太陽が地上を焼いていた。歩道を歩く人たちは皆眩しそうな顔をして往来している。夏休み、それを象徴するかのような人混みだ。
「鹿島ちゃんは仕事早いから帰りには衣装仕上がってると思うよ」
私が太陽の光に目を細めていると逢川さんにそう言われた。
「そんなに早く直せるんですね」
「そう! あの子と蔵田さんはそこら辺がすごいんだよ。マジで三〇分後に必要な衣装の直しまでやってくれるからね。まぁ……。今回は凝った衣装だから多少時間掛かるだろうけどさ。それでも夕方までは掛からないはずだよ」
逢川さんはそう言うと「店長の人格以外はすごい店なんだ。あそこは」と付け加えた。やはり逢川さんと蔵田さんはあまり折り合いが良くないらしい。
「だよねー。マジであのオッサンと絡むのしんどいわ。初めて会ったときなんか胸揉まれかけたんだよ? あり得なくない??」
美鈴さんは心底憤慨しながら言うと「エロ親父が」と吐き捨てた。
でも……。弥生さんだけはそんな二人の会話に乗っからなかった。理由は分からないけれど弥生さん的には蔵田さんはそこまで悪い人ではないらしい。
そうこうしていると逢川さんが何も言わずにガラス張りのビルの自動ドアを潜っていった。自動ドアのガラスには『(株)オフィス・トライメライ幕張本社』と書かれている。
建物の中は吹き抜けになっていて、天井からガラス細工の大きなモビールがぶら下げられていた。そのモビールはゆっくりと旋回している。どうやら空気の流れでゆっくりと回る仕組みのようだ。
「今から社長に挨拶行くからねぇ。ま、そんなに緊張しないでいいよ」
逢川さんは社員用エレベーターの前にある通用ゲートに社員証を当てながらそんなことを言った。言い終わると同時にゲートは『ピッ』という電子音と共に開いた。まるで自動改札みたいだ。
そのままエレベーターに乗り込む。行き先は八階。このビルの最上階だ。
「……聖那ちゃん。ここの社長はちょっと癖がある人なんだ」
エレベーターの中で不意に弥生さんにそんなことを言われた。
「え? そうなの?」
「うん、まぁ……。だから最初はびっくりするかもだけど……。私たちには優しいからそこまで緊張しないでも大丈夫だからね」
弥生さんはそう言うと今までにないくらい戸惑った笑みを浮かべた――。
八階に着くと社長室に直行した。どうやらこのフロアには社長室と会議室しかないらしくかなりシンプルに見える。
「逢川です」
逢川さんは社長室のドアをノックしながらそう言った。すると中から女性の声で「どうぞ」と返ってくる。
「失礼します」
逢川さんはそう返すとドアノブに手を掛けてそのままドアを押し開けた。ドアが開いた瞬間、室内からチョコレートとタバコの混ざったような匂いがした。それは甘さと苦さが混ざったような匂いでどことなくコーヒーっぽい。
それから私たちは逢川さんの後ろに並ぶ形で社長室に入った。スニーカーの裏にカーペットの弾力が伝わる。室内は思いのほか簡素でガラス製の机と応接用のテーブルとソファ。あとは本棚ぐらいしかない。
そんな断捨離したてみたいな部屋の奥に彼女はいた。ワインレッドのスーツに枠なしの眼鏡。綺麗にウェーブの掛かった金髪。顔は……。まぁ見ようによっては美人に見えるって感じの純日本人的な顔だ。見た感じの年齢はたぶん逢川さんより少し上だと思う。
ただ……。そんな和風美人な顔の中に一つだけ異質なものが紛れ込んでいた。日本人ではまずあり得ないような青い眼。それだけがまるで後付けされたように顔に埋め込まれている。
「お疲れ様です!」
逢川さんはそう言うと彼女に頭を下げた。美鈴さんと弥生さんも同じように頭を下げる。私は……。とりあえず三人と同じようにした。集団行動。右へならえってやつだ。
「お疲れ逢川。もう三人も見つけるなんて景気がいいじゃないか」
彼女はそう言うと私たちの方へ歩み寄ってきた。そして私の前で立ち止まると「初めまして」と言って右手を差し出した。私は反射的に彼女の手を握り返す。
「トライメライの代表の出雲です。よろしく」
彼女はそう言うと口元だけ緩めた。眼は笑っていない。ただブルーハワイみたいに青く光っているだけだ。
「初めまして。夏木聖那です」
「夏木さんね。まぁ立ち話もなんだから掛けて」
出雲さんはそう言うと私たちにソファーに座るように促した。
地上に出るとさっきまでの風景が嘘みたいに太陽が地上を焼いていた。歩道を歩く人たちは皆眩しそうな顔をして往来している。夏休み、それを象徴するかのような人混みだ。
「鹿島ちゃんは仕事早いから帰りには衣装仕上がってると思うよ」
私が太陽の光に目を細めていると逢川さんにそう言われた。
「そんなに早く直せるんですね」
「そう! あの子と蔵田さんはそこら辺がすごいんだよ。マジで三〇分後に必要な衣装の直しまでやってくれるからね。まぁ……。今回は凝った衣装だから多少時間掛かるだろうけどさ。それでも夕方までは掛からないはずだよ」
逢川さんはそう言うと「店長の人格以外はすごい店なんだ。あそこは」と付け加えた。やはり逢川さんと蔵田さんはあまり折り合いが良くないらしい。
「だよねー。マジであのオッサンと絡むのしんどいわ。初めて会ったときなんか胸揉まれかけたんだよ? あり得なくない??」
美鈴さんは心底憤慨しながら言うと「エロ親父が」と吐き捨てた。
でも……。弥生さんだけはそんな二人の会話に乗っからなかった。理由は分からないけれど弥生さん的には蔵田さんはそこまで悪い人ではないらしい。
そうこうしていると逢川さんが何も言わずにガラス張りのビルの自動ドアを潜っていった。自動ドアのガラスには『(株)オフィス・トライメライ幕張本社』と書かれている。
建物の中は吹き抜けになっていて、天井からガラス細工の大きなモビールがぶら下げられていた。そのモビールはゆっくりと旋回している。どうやら空気の流れでゆっくりと回る仕組みのようだ。
「今から社長に挨拶行くからねぇ。ま、そんなに緊張しないでいいよ」
逢川さんは社員用エレベーターの前にある通用ゲートに社員証を当てながらそんなことを言った。言い終わると同時にゲートは『ピッ』という電子音と共に開いた。まるで自動改札みたいだ。
そのままエレベーターに乗り込む。行き先は八階。このビルの最上階だ。
「……聖那ちゃん。ここの社長はちょっと癖がある人なんだ」
エレベーターの中で不意に弥生さんにそんなことを言われた。
「え? そうなの?」
「うん、まぁ……。だから最初はびっくりするかもだけど……。私たちには優しいからそこまで緊張しないでも大丈夫だからね」
弥生さんはそう言うと今までにないくらい戸惑った笑みを浮かべた――。
八階に着くと社長室に直行した。どうやらこのフロアには社長室と会議室しかないらしくかなりシンプルに見える。
「逢川です」
逢川さんは社長室のドアをノックしながらそう言った。すると中から女性の声で「どうぞ」と返ってくる。
「失礼します」
逢川さんはそう返すとドアノブに手を掛けてそのままドアを押し開けた。ドアが開いた瞬間、室内からチョコレートとタバコの混ざったような匂いがした。それは甘さと苦さが混ざったような匂いでどことなくコーヒーっぽい。
それから私たちは逢川さんの後ろに並ぶ形で社長室に入った。スニーカーの裏にカーペットの弾力が伝わる。室内は思いのほか簡素でガラス製の机と応接用のテーブルとソファ。あとは本棚ぐらいしかない。
そんな断捨離したてみたいな部屋の奥に彼女はいた。ワインレッドのスーツに枠なしの眼鏡。綺麗にウェーブの掛かった金髪。顔は……。まぁ見ようによっては美人に見えるって感じの純日本人的な顔だ。見た感じの年齢はたぶん逢川さんより少し上だと思う。
ただ……。そんな和風美人な顔の中に一つだけ異質なものが紛れ込んでいた。日本人ではまずあり得ないような青い眼。それだけがまるで後付けされたように顔に埋め込まれている。
「お疲れ様です!」
逢川さんはそう言うと彼女に頭を下げた。美鈴さんと弥生さんも同じように頭を下げる。私は……。とりあえず三人と同じようにした。集団行動。右へならえってやつだ。
「お疲れ逢川。もう三人も見つけるなんて景気がいいじゃないか」
彼女はそう言うと私たちの方へ歩み寄ってきた。そして私の前で立ち止まると「初めまして」と言って右手を差し出した。私は反射的に彼女の手を握り返す。
「トライメライの代表の出雲です。よろしく」
彼女はそう言うと口元だけ緩めた。眼は笑っていない。ただブルーハワイみたいに青く光っているだけだ。
「初めまして。夏木聖那です」
「夏木さんね。まぁ立ち話もなんだから掛けて」
出雲さんはそう言うと私たちにソファーに座るように促した。
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