日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
26 / 176
第四章 オフィス・トライメライ

しおりを挟む
 UG幕張での用事を終えると地上に戻った。来たときに使ったあの薄暗い廊下を使わない。どうやらここには正規の入り口があるようだ。
 地上に出るとさっきまでの風景が嘘みたいに太陽が地上を焼いていた。歩道を歩く人たちは皆眩しそうな顔をして往来している。夏休み、それを象徴するかのような人混みだ。
「鹿島ちゃんは仕事早いから帰りには衣装仕上がってると思うよ」
 私が太陽の光に目を細めていると逢川さんにそう言われた。
「そんなに早く直せるんですね」
「そう! あの子と蔵田さんはそこら辺がすごいんだよ。マジで三〇分後に必要な衣装の直しまでやってくれるからね。まぁ……。今回は凝った衣装だから多少時間掛かるだろうけどさ。それでも夕方までは掛からないはずだよ」
 逢川さんはそう言うと「店長の人格以外はすごい店なんだ。あそこは」と付け加えた。やはり逢川さんと蔵田さんはあまり折り合いが良くないらしい。
「だよねー。マジであのオッサンと絡むのしんどいわ。初めて会ったときなんか胸揉まれかけたんだよ? あり得なくない??」
 美鈴さんは心底憤慨しながら言うと「エロ親父が」と吐き捨てた。
 でも……。弥生さんだけはそんな二人の会話に乗っからなかった。理由は分からないけれど弥生さん的には蔵田さんはそこまで悪い人ではないらしい。
 そうこうしていると逢川さんが何も言わずにガラス張りのビルの自動ドアを潜っていった。自動ドアのガラスには『(株)オフィス・トライメライ幕張本社』と書かれている。
 建物の中は吹き抜けになっていて、天井からガラス細工の大きなモビールがぶら下げられていた。そのモビールはゆっくりと旋回している。どうやら空気の流れでゆっくりと回る仕組みのようだ。
「今から社長に挨拶行くからねぇ。ま、そんなに緊張しないでいいよ」
 逢川さんは社員用エレベーターの前にある通用ゲートに社員証を当てながらそんなことを言った。言い終わると同時にゲートは『ピッ』という電子音と共に開いた。まるで自動改札みたいだ。
 そのままエレベーターに乗り込む。行き先は八階。このビルの最上階だ。
「……聖那ちゃん。ここの社長はちょっと癖がある人なんだ」
 エレベーターの中で不意に弥生さんにそんなことを言われた。
「え? そうなの?」
「うん、まぁ……。だから最初はびっくりするかもだけど……。私たちには優しいからそこまで緊張しないでも大丈夫だからね」
 弥生さんはそう言うと今までにないくらい戸惑った笑みを浮かべた――。

 八階に着くと社長室に直行した。どうやらこのフロアには社長室と会議室しかないらしくかなりシンプルに見える。
「逢川です」
 逢川さんは社長室のドアをノックしながらそう言った。すると中から女性の声で「どうぞ」と返ってくる。
「失礼します」
 逢川さんはそう返すとドアノブに手を掛けてそのままドアを押し開けた。ドアが開いた瞬間、室内からチョコレートとタバコの混ざったような匂いがした。それは甘さと苦さが混ざったような匂いでどことなくコーヒーっぽい。
 それから私たちは逢川さんの後ろに並ぶ形で社長室に入った。スニーカーの裏にカーペットの弾力が伝わる。室内は思いのほか簡素でガラス製の机と応接用のテーブルとソファ。あとは本棚ぐらいしかない。
 そんな断捨離したてみたいな部屋の奥に彼女はいた。ワインレッドのスーツに枠なしの眼鏡。綺麗にウェーブの掛かった金髪。顔は……。まぁ見ようによっては美人に見えるって感じの純日本人的な顔だ。見た感じの年齢はたぶん逢川さんより少し上だと思う。
 ただ……。そんな和風美人な顔の中に一つだけ異質なものが紛れ込んでいた。日本人ではまずあり得ないような青い眼。それだけがまるで後付けされたように顔に埋め込まれている。
「お疲れ様です!」
 逢川さんはそう言うと彼女に頭を下げた。美鈴さんと弥生さんも同じように頭を下げる。私は……。とりあえず三人と同じようにした。集団行動。右へならえってやつだ。
「お疲れ逢川。もう三人も見つけるなんて景気がいいじゃないか」
 彼女はそう言うと私たちの方へ歩み寄ってきた。そして私の前で立ち止まると「初めまして」と言って右手を差し出した。私は反射的に彼女の手を握り返す。
「トライメライの代表の出雲です。よろしく」
 彼女はそう言うと口元だけ緩めた。眼は笑っていない。ただブルーハワイみたいに青く光っているだけだ。
「初めまして。夏木聖那です」
「夏木さんね。まぁ立ち話もなんだから掛けて」
 出雲さんはそう言うと私たちにソファーに座るように促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

眩暈のころ

犬束
現代文学
 中学三年生のとき、同じクラスになった近海は、奇妙に大人びていて、印象的な存在感を漂わせる男子だった。  私は、彼ばかり見つめていたが、恋をしているとは絶対に認めなかった。  そんな日々の、記憶と記録。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

幕張地下街の縫子少女 ~白いチューリップと画面越しの世界~

海獺屋ぼの
ライト文芸
 千葉県千葉市美浜区のとある地下街にある「コスチュームショップUG」でアルバイトする鹿島香澄には自身のファッションブランドを持つという夢があった。そして彼女はその夢を叶えるために日々努力していた。  そんなある日。香澄が通う花見川服飾専修学園(通称花見川高校)でいじめ問題が持ち上がった。そして香澄は図らずもそのいじめの真相に迫ることとなったーー。  前作「日給二万円の週末魔法少女」に登場した鹿島香澄を主役に服飾専門高校内のいじめ問題を描いた青春小説。

処理中です...