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第一章 株式会社エレメンタル

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 出がけ。私は美鈴さんから貰ったメロンを母に渡した。母は痛く感激し「こんなお高いものいただいちゃって」と素のリアクションをして喜んでいた。母は果物に目がないのだ。
「いえいえ。祖父が半分趣味で作ってるようなものなので……」
 美鈴さんはまるで借りてきた猫みたいに謙遜気味に言うと「喜んでいただけたなら何よりです」と付け加えた。どうやら美鈴さんは私が思っていたよりもしっかりしているらしい。
「聖那! 良いお友達出来たのねー」
「うん。まぁね」
 私は適当な返事をしながらも母のチョロさに少し情けなくなった。食べ物に釣られるなんてあまりにも幼稚だと思う。まぁ……。メロンだけが美鈴さんを好印象にした要因ではないのだろうけれど。
 それから私は美鈴さんと一緒に家を出た。外に出ると塀の前に美鈴さんが乗ってきたであろうバイクが停められていた。やや小柄な赤いバイクでタンクの部分には『HONDA』という文字と翼のマークが描かれている。
「あ、これが私の愛車ね」
 彼女はそう言うとバイクのスタンドを蹴って押し始めた。どうやら住宅街でエンジンを掛けたくはないらしい。
「いやぁ。単車のエンジン掛けるとうっさいからさ。ちょっとここ抜けてから掛けるよ」
「そっか」
「うん。実はこれ親父のお下がりなんだ。だからマフラーとか取っ替えてあってやかましいんだよねぇ」
 美鈴さんはそうぼやきながら一生懸命バイクを押す。
「お父さんバイク好きなんだね?」
「うん! つーかアレよ。親父の趣味ツーリングぐらいしかないからねぇ。……で、新しいナナハンのバイク買いたいからってこのニイハンのホーネット私に寄越したわけ! マジであの親父勝手だよ。まぁ……。私も免許取ったし、ただでバイク貰ったから文句は言えなんだけどさ」
 美鈴さんはそんな愚痴をこぼすと「ああ、ごめんよ」と謝った。
「大丈夫だよ。ウチのお母さんも車にお金掛けてるからなんとなく分かる気がする」
「え? ああ、あのMINIか……。確かにあれ気合い入ってたよねぇ」
 そんな話をしているようやく住宅街を抜けた。ここまで来れば近所迷惑にはならない思う。
「んじゃ行くよー」
 美鈴さんはそう言うとバイクに跨がってエンジンを掛けた。ブヲォーンという大きな音が辺りに響いた。
 
 美鈴さんはバイクに跨がるを私に半分型のヘルメットを差し出した。どうやらこれを被れということらしい。
「本当はフルフェイスが良いんだけどさ。流石に二つはリュックに入んなかったんだ。ごめんね」
「大丈夫だよ。じゃあ……。よろしくお願いします」
 私はそう言うと彼女の後ろのシートに跨がった。
 それから私たちは国道を酒々井方面に向かって走った。幸いなことに道は空いていてスイスイ進める。
 風が気持ちいい。梅雨明けの暑さが和らぐ。むしろ寒いくらいかな。私は美鈴さんの背中に抱きつきながらそんなことを思った。
 抱きついた美鈴さんの背中は思いのほか引き締まっていた。筋肉質でアスリートみたいな体型。本人のコンプレックス通り胸は小さい……。よく言えばスレンダー。悪く言えば幼児体型。そんな身も蓋もない言葉が浮かんだ。当然口には出さなかったけれど。
 美鈴さんは私のそんな思いなど知らずに楽しそうにバイクを走らせた。不思議とマフラーから立ち上る熱気さえ心地良く感じた。おそらく彼女の丁寧な運転のおかげでそう思えたのだと思う。美鈴さんの運転には不思議とそんな安心感があった。
 しばらく走るとバイクはウインカーを出してエレメンタルのある路地に入っていった。
 昨日より少しだけ道ばたの雑草が伸びたように感じた。
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