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第一章 株式会社エレメンタル

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「ただいまぁー。いやぁ夏木さんお待たせしました」
 少しすると逢川さんがそう言って戻ってきた。
「いえ。こちらこそお忙しいのにすいません」
「ハハハ。気にしないでください。むしろ僕が無理言って今日の面接ってしちゃったんですしね……。こっちこそ申し訳ないです」
 逢川さんはそう言うと私に対して深々と頭を下げた。そこまでされると逆に恐縮してしまう。
「ったくマジでそうだよねぇー。逢川さんはケイカクセイがないっていうかさぁ」
 不意に美鈴さんが謝る逢川さんにそんな嫌味を言った。
「ちょっとー。香取ちゃん。そこまで言うことないんじゃないのぉ? 俺だって割と忙しいんだよ?」
「はいはい。分かってますよ。で? 昨日は勝ったの?」
 美鈴さんはそう言いながら右手でドアノブを回すみたいな仕草をした。
「なっ? なんで知ってんの?」
「うーわ。やっぱそうだよ。かまかけただけだよ! ったくやだやだ! これだからパチ狂いわさぁ」
「うぅ……。香取ちゃんには敵わないな」
 逢川さんはタジタジになりながらうなじを掻くとばつが悪そうに苦笑した。
「で? 香取ちゃん的にはどうだった? 夏木さんやっていけそうかな?」
「そうねー。ワタシ的には問題ないと思うよ。ってかむしろウチら二人より適性ありそうかなぁ。礼儀正しいし、仕草一つ一つちゃんと女の子してるしね」
 美鈴さんはそう言いながら私の肩を軽くポンと叩いた。そして「とりあえず私は推薦するよ。仲間増えるの嬉しいしね」と笑った。よく分からないけれど美鈴さんは私のことを気に入ってくれたらしい。
「そうか。んじゃ俺からは特に何も言うことないかな。えーと夏木さん……。一応身体測定だけして貰って良いかな?」
「身体測定……。ですか?」
「そうそう。ほら、衣装作るのに必要だからさ。あとは……」
 逢川さんはそう言ってキャビネットからカタログを取り出すと私にそれを差し出した。
「うんとね。一応衣装の好みだけは前もって聞かせて貰ってるんだ。好きな色選んでいいよ。まぁ他のメンバーと被らないようにしなきゃなんないから赤とピンクは売り切れだけどね」
 逢川さんはそこまで説明すると「気軽に選んで良いから」と付け加えた――。
 
 それから私はカタログの中から衣装を選んだ。彼の話では赤は美鈴さんが。ピンクはさっき写真で見た弥生さんが既に使っているらしい。
 何色がいいのだろう? 赤とピンク以外なら緑か紫か青かな……。と妙な悩み方をした。たぶん今まで生きてきた中で一番奇妙な色選びだと思う。
「じゃあ……。この紫でお願いします」
「お、良い好みだね。分かったよー。じゃあ身体測定しちゃおうか」
 逢川さんはそう言うとすぐに受付の女性を呼び出した。そして彼女に「諏訪ちゃん。悪いんだけど夏木さんのスリーサイズ測ってあげて」と言って彼女にメジャーを手渡した。どうやらこの女性は『諏訪麗子』という名前らしい。
「分かりました。じゃあ夏木さん。こちらに」
 諏訪さんはそう言うと部屋の端っこの箱型の更衣室に案内してくれた。中に入ると正面に全身鏡。後ろはカーテン。そんな空間が広がっていた。よくアパレルショップにある試着室……。あれをイメージして貰えば問題ないと思う。
「正確に測りたいので制服脱いでいただいてもいいですか?」
「はい」
 私はそう返事すると制服を脱いだ。そしてまさか出先で脱ぐとは思わなかったのでかなり適当な下着だったと後悔した。やはり出かけるときはそれなりの勝負下着を選ぶべきなのかも知れない。まぁ……。今のところは勝負する相手なんていないのだけれど。
 でも諏訪さんは私の思いを余所にスリーサイズと身長をテキパキと測っていった。まるで給湯室で湯飲みを洗うみたいに丁寧かつ手早く。きっと彼女は全てにおいてこうなのだろう。できる女。そんなイメージだ。
「よし。これでおしまいです。最後に靴のサイズ何センチですか?」
「えーと……。二三センチです!」
「二三センチですねぇ……。はい! お疲れ様でした。これで本当におしまいです!」
 諏訪さんはそう言うとニッコリ笑った――。

「夏木ちゃんおかえりぃー!」
 更衣室から出ると美鈴さんに大げさに出迎えられた。
「はい、ただいまです」
「あー、固い固いって! タメ口で良いって言ったじゃん?」
 美鈴さんはそう言う「せっかく同い年なんだからさぁ」と付け加えた。どうやら彼女的には私を友達認定してくれたらしい。
「そうだよね。うん、じゃあ普通に話すよ」
「お! いーねいーね! んじゃこれで魔法少女チームも三人だね!」
 美鈴さんは満足げに言うと「ニシシ」といたずらっ子っぽく笑った。
「おいおい香取ちゃん……。ほぼ確定だからってまだ社長の許可貰ってないんだからさぁ。あんまり決めつけない方がいいと思うよ?」
「えー! なんでそんなこと言うわけぇ? 大丈夫だって! 夏木ちゃん……。いんや聖那ちゃんは絶対受かるから! だって見てよ。めちゃめちゃ可愛いじゃん? 背丈もいいし、すらっとしてるし、私みたいな幼児体型でもないしさ」
 美鈴さんは私のことを褒めるだけ褒めると少し自虐的なことを言った。幼児体型……。おそらく自分の胸のことを言っているのだと思う。
「あーあ、私より小さい子も入ってこないかなぁ」
 美鈴さんは冗談交じりに言うと彼女は自身の胸元をチラッと見た。もしかしたら小さいことがコンプレックスなのかも知れない――。
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