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第一章 株式会社エレメンタル
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一階に降りるとリビングに母が居た。母の手元にはノートPC。おそらくCADで製図しているのだと思う。母は在宅で工業デザイナーをしているのだ。自分の母親ながら特殊な仕事だと思う。
「あら聖那? 制服なんか着てどっか行くの?」
「バイトの面接だよー。日当が良いのあったんだ!」
「へー、そうなんだ。……まさかいかがわしい仕事じゃないでしょうね?」
母はそう言いながら私に疑いの目を向ける。
「違う違う! そんなんじゃないって! 普通のバイトだよ」
「本当にぃ? まぁいいわ。あんまりバイトにうつつ抜かすんじゃないよ。学生の本分は勉強! いつも言ってるでしょ?」
「はいはい、分かったよ。週末だけのバイトだから大丈夫だって」
私はそんな風に適当に返すとそこで話を切り上げた。流石に『私! 魔法少女になることにしたから!』なんて言えるわけがない。もしそんなこと言ったら本当に病院に連行されてしまう……。気がする。
「あ! ちょっと聖那! 今日はお父さん帰ってくる日だからね! 五時までには帰ってくるのよ! 迎え行くんだからね」
「分かってるって! 今回はお父さん一週間ぐらい居られるの?」
「いんや。三日だって。すぐに次の船に乗るみたいなのよねぇ。ったくお父さんも忙しないんだから」
母はそう言うと不満たらたらなため息を吐いた――。
私の家庭環境はだいぶ変わっている気がする。母は工業デザイナーで父が客船の甲板員。あとは航空自衛官の兄もいる。まぁ……。自宅に居るのは私と母だけで父と兄はほとんど帰ってはこないのだけれど。
「お兄ちゃんは? もうしばらく見てないけど?」
「昭人? ああ、あの子はお盆に帰省するってさ。まったく百里なんてここからそんなに遠くないんだからたまには帰って来りゃいいのにねぇ」
母はそう言うと再びため息を吐いた。そして立ち上がってコーヒーメーカーに手を伸ばすと赤いネスカフェのコーヒーカップにそれを注いだ。
「とにかく! 今日はお父さんと一緒にご飯行くんだからちゃんと帰ってきなさいね」
「はーい。んじゃ行ってくるよー」
私はそう言うと玄関に向かった。そしてローファーに足をねじ込むと玄関を開いた――。
それから私は自転車に乗って株式会社エレメンタルへ向かった。求人誌に書かれた住所は隣町だったし、わざわざ電車で行くこともないと思う。
株式会社エレメンタルの所在地は千葉県酒々井町だった。成田住みの私にとっては目と鼻の先。先週も友達と酒々井まで買い物に行ったし、道に迷ったりはしないと思う。
自宅のある住宅街を抜けると国道に沿って酒々井方面へ向かった。通学路とは逆方向。だから少しだけ冒険しているような気分になった。これから私は魔法少女になる。しかも日給二万円。二万円、二万円、二万円! そう考えると自然と口元が緩んだ。それだけ給料が貰えれば私のやりたいことができるかも知れないのだ。ずっと前からしたかったことが――。
自宅を出てから四〇分くらい走ると目的地にたどり着いた。それは真新しい四角い建物でコンビニのような形をしていた。いや、実際コンビニの居抜き物件なのだと思う。最近は成田付近でもこの手の建物が多いのだ。
「お邪魔しまーす」
私はそう言ってその建物のガラス扉を押し開けた。さっきまで必死に自転車を漕いできたせいか額から汗が滴る。
「はい、いらっしゃいませ」
中に入るとすぐに受付の女性が私を出迎えてくれた。声から察するにさっき電話に出たのはこの人だと思う。
「あの! さっき面接の件で電話した夏木なんですが……」
「夏木様ですね。担当の者を呼びますので少々お待ちください」
彼女はそう言うとスッと立ち上がった。そしてパーティションで区切られたドアを開いて中に入っていった。どうやらこの建物はパーティションで何部屋か作ってあるらしい。
パーティションの向こう側から男女の話し声が聞こえる。たぶん奥には事務所と応接スペースがあるのだろう。
それから三分くらい経つと受付の女性が戻ってきた。そして「申し訳ありません。奥でお待ちいただいてもよろしいですか? 担当の逢川が今接客中でして……」と申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい! 大丈夫です。私も早く来すぎたので」
「ありがとうございます。ではこちらに」
彼女はそう言うと私を奥に案内してくれた。パーティションの向こう側は予想通り事務所のようで、大きなホワイトボードと数台の事務机。あと大量のファイルが入ったキャビネットがあった。絵に描いたような事務所の風景だと思う。
「こちらでお待ちください」
彼女はにこやかに言うと私にソファーを勧めてくれた。パーティションの向こう側から何やら笑い声が聞こえた。
「あら聖那? 制服なんか着てどっか行くの?」
「バイトの面接だよー。日当が良いのあったんだ!」
「へー、そうなんだ。……まさかいかがわしい仕事じゃないでしょうね?」
母はそう言いながら私に疑いの目を向ける。
「違う違う! そんなんじゃないって! 普通のバイトだよ」
「本当にぃ? まぁいいわ。あんまりバイトにうつつ抜かすんじゃないよ。学生の本分は勉強! いつも言ってるでしょ?」
「はいはい、分かったよ。週末だけのバイトだから大丈夫だって」
私はそんな風に適当に返すとそこで話を切り上げた。流石に『私! 魔法少女になることにしたから!』なんて言えるわけがない。もしそんなこと言ったら本当に病院に連行されてしまう……。気がする。
「あ! ちょっと聖那! 今日はお父さん帰ってくる日だからね! 五時までには帰ってくるのよ! 迎え行くんだからね」
「分かってるって! 今回はお父さん一週間ぐらい居られるの?」
「いんや。三日だって。すぐに次の船に乗るみたいなのよねぇ。ったくお父さんも忙しないんだから」
母はそう言うと不満たらたらなため息を吐いた――。
私の家庭環境はだいぶ変わっている気がする。母は工業デザイナーで父が客船の甲板員。あとは航空自衛官の兄もいる。まぁ……。自宅に居るのは私と母だけで父と兄はほとんど帰ってはこないのだけれど。
「お兄ちゃんは? もうしばらく見てないけど?」
「昭人? ああ、あの子はお盆に帰省するってさ。まったく百里なんてここからそんなに遠くないんだからたまには帰って来りゃいいのにねぇ」
母はそう言うと再びため息を吐いた。そして立ち上がってコーヒーメーカーに手を伸ばすと赤いネスカフェのコーヒーカップにそれを注いだ。
「とにかく! 今日はお父さんと一緒にご飯行くんだからちゃんと帰ってきなさいね」
「はーい。んじゃ行ってくるよー」
私はそう言うと玄関に向かった。そしてローファーに足をねじ込むと玄関を開いた――。
それから私は自転車に乗って株式会社エレメンタルへ向かった。求人誌に書かれた住所は隣町だったし、わざわざ電車で行くこともないと思う。
株式会社エレメンタルの所在地は千葉県酒々井町だった。成田住みの私にとっては目と鼻の先。先週も友達と酒々井まで買い物に行ったし、道に迷ったりはしないと思う。
自宅のある住宅街を抜けると国道に沿って酒々井方面へ向かった。通学路とは逆方向。だから少しだけ冒険しているような気分になった。これから私は魔法少女になる。しかも日給二万円。二万円、二万円、二万円! そう考えると自然と口元が緩んだ。それだけ給料が貰えれば私のやりたいことができるかも知れないのだ。ずっと前からしたかったことが――。
自宅を出てから四〇分くらい走ると目的地にたどり着いた。それは真新しい四角い建物でコンビニのような形をしていた。いや、実際コンビニの居抜き物件なのだと思う。最近は成田付近でもこの手の建物が多いのだ。
「お邪魔しまーす」
私はそう言ってその建物のガラス扉を押し開けた。さっきまで必死に自転車を漕いできたせいか額から汗が滴る。
「はい、いらっしゃいませ」
中に入るとすぐに受付の女性が私を出迎えてくれた。声から察するにさっき電話に出たのはこの人だと思う。
「あの! さっき面接の件で電話した夏木なんですが……」
「夏木様ですね。担当の者を呼びますので少々お待ちください」
彼女はそう言うとスッと立ち上がった。そしてパーティションで区切られたドアを開いて中に入っていった。どうやらこの建物はパーティションで何部屋か作ってあるらしい。
パーティションの向こう側から男女の話し声が聞こえる。たぶん奥には事務所と応接スペースがあるのだろう。
それから三分くらい経つと受付の女性が戻ってきた。そして「申し訳ありません。奥でお待ちいただいてもよろしいですか? 担当の逢川が今接客中でして……」と申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい! 大丈夫です。私も早く来すぎたので」
「ありがとうございます。ではこちらに」
彼女はそう言うと私を奥に案内してくれた。パーティションの向こう側は予想通り事務所のようで、大きなホワイトボードと数台の事務机。あと大量のファイルが入ったキャビネットがあった。絵に描いたような事務所の風景だと思う。
「こちらでお待ちください」
彼女はにこやかに言うと私にソファーを勧めてくれた。パーティションの向こう側から何やら笑い声が聞こえた。
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