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第三章 夏の花

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 七夕の時期が来るたび京都で過ごした日々を思い出す。数多の竹。そこに吊された短冊。
 思えば私と月子は毎年京都市内で行われる七夕祭りに出掛けていた。東京に戻ってからはすっかり七夕とは縁が無くなったけれど……。
 私たちは毎年同じ願いを短冊に書いた。私は直木賞受賞を。月子は武道館公演を。本当に中学生みたいな願いだと思う。(まぁ、実際中学生なのだけれど)
 だからこの時期になるとどうしても月子のことを思い出す。彼女は今どうしているだろう? その思いが一層濃くなる――。

 七月七日。その日は昨日までの雨が嘘のように快晴だった。雲一つ無い。そんな言葉通りの空模様だ。
「晴れたわねぇ」
 私が朝食を食べていると母が上機嫌にそう言った。
「だねぇ」
「最近、コインランドリーばっかだったから助かるわぁ。午前中に布団も干しちゃお」
 主婦みたいな発言だ。いや、この人も主婦には違わないけれど母が言うと違和感がある。
「栞、貴方もベランダに布団出しときなさい。こんどいてあげるから」
「うん」
 普通の家族。一瞬そんな言葉が浮かんだ。まぁ、実際は普通なんかじゃないんだけれど――。
 学校へ向かう道すがらの紫陽花はすっかり萎れていた。それは夏へたどり着けない悲しさを全身で表現しているようだ。六月だけの花。夏へのバトン。紫陽花を見ているとそんな風に感じる。
 思えば六月は不思議な季節だと思う。春にしては暑すぎるし夏にしては冷えすぎる。そんな緩衝材のような季節だと思う。
 でも神様が六月を作った理由はなんとなく分かる気がした。五月からいきなり七月だったら身体が追いつかない。そのための緩衝材的季節。やはり神様はよく考えていると思う。
 そんな馬鹿馬鹿しいことを思いながら通学路を歩いていると見慣れた後ろ姿を見つけた。長身で細身。文芸部の副部長。
「おはよう」
「あ、おはよう」
 私が声を掛けると彼は一瞬ビクッとしてから口元を緩めた。心なしか目の下にクマがあるように見える。
「大丈夫? 疲れてそうだけど?」
「うん。大丈夫だよ。見た目よりはずっと元気だから」
 水貴はそう言うと「ふあぁぁ」と大きな欠伸をした。
「ならいいけど……。今日は部活来る?」
「うん。今日は顔出すよ」
 そんな話をしながら校門をくぐる。
「ねぇ川村さん。今日の部活の後空いてる?」
 昇降口で靴を脱ぎながら水貴にそう聞かれた。
「え? うん。空いてるけど」
「ちょっと話したいことがあってさ」
「……いいよ。じゃあ部活終わったらどっか行こうか?」
「うん。ありがとう」
 水貴はそう言うと眉間に皺を寄せて笑った。
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