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第二章 ニコタマ文芸部

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「とりあえず座って」
 私は中原くんを店に招き入れた。時計の針は九時を少し過ぎている。
「お邪魔します」
 彼は店内を物珍しそうに眺めていた。フクロウ雑貨の山なので致し方ない。
「それで? 入部希望……?」
「うん。文芸部に入部したいんだ。本当なら明日話せばいいんだけど、明日はそれどころじゃなくなりそうだからさ」
 やたら意味深なことを言うな。と私は思った。
「まぁ……。いいよ。じゃあ預かっておくね」
「ありがとう」
 そう言うと彼は席から立ち上がる。
「ちょっと待ってて。お茶だけでも飲んでいって」
 母が中原くんを呼び止める。母の手にはドリッパーが握られていた。
「すいません……。じゃあ一杯だけ」
 中原くんは座り直した。場に変な空気が漂う。
 楓子は帰るタイミングを逃したのか、退屈そうに窓を眺めていた。窓の外には街灯と信号待ちの車の列しか見えない。
「お待たせしました」
 母がトレーにコーヒーとクッキーを乗せて持ってきた。すっかり「いいお母さん」に見える。
「ありがとうございます。いただきます」
「どうぞ。ねぇ? もしかして芽衣子さんの息子さん?」
 コーヒーを置きながら母は中原くんに尋ねた。
「ええ。そうです」
 中原くんは少しだけ眉をしかめながら答える。口調は変わらない。
「やっぱり! 名字と目の感じでそうじゃないかって思ったのよ!」
「あの……。母とはどういった……」
 この前の話から察するに中原くんと彼の母親はあまり上手くいっていないのだろう。中原くんは明らかに怪訝な表情を浮かべる。
「お母さん……。ちょっと入部の説明あるから……」
「あら? ごめんなさい」
 所払い。こうでもしないと母は何を言い出すか分からない。まぁ……。もしかしたら分かっていて絡んでくるのかもしれないけれど。
 それから私は簡単に文芸部の説明をした。活動内容と現在の部員、あとは顧問の先生についてだ。考えてみればこんなにしっかり文芸部の説明をするのは初めてかもしれない。水貴と楓子、あと浩樹に関しては創部メンバーみたいなものだし、御堂さんも入部手続きはすっ飛ばしている。
「……。という感じかな? 何か質問ある?」
「いや、大丈夫。遅くにごめんね。コーヒーもご馳走様です」
 そう言うと中原くんは立ち上がった。
「ねぇ? 明日何かあるの?」
「……。どうなるかは僕にも分からないよ。でも……。たぶん授業どころじゃなくなるんじゃないかな?」
 またしても意味深だ。
「まぁ……。いいよ。とりあえず入部は受け付けたから明日から放課後、図書準備室来てね」
「うん。ありがとう」
 中原くんはお礼を言うと不器用に笑った――。
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