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第二章 ニコタマ文芸部

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 村田蔵人。彼の教師としての経歴は非常にややこしいものだった。大学時代には学生運動に参加し、社会主義系の団体に所属していたらしい。
 らしい……。というか、これはしばらく後に本人から聞いた話だ。村田先生は「あの頃は僕も血の気が多かったからね」と苦笑いしていた。
 学生運動。実にレトロな響きだ。たしか教科書には安保闘争がどうとか書かれていた気がする。もっとも、今の彼にはそんなレトロで過激な雰囲気は欠片も感じられないけれど。
 大学卒業後。彼は大手の新聞社に就職した。それから一〇年くらいは記者として活動していたらしい。村田先生が記者……。これも想像が出来ない。
 ともかく、彼は新聞記者を経由して教職についたわけだ。だから彼の教員としてのキャリアは他の教師より短いと思う。
 そのせいか知らないけれど、彼は高校内ではかなり浮いた存在だった。他の教員が談笑していても彼だけは距離を取っていたし、彼には仲の良い教員が居なかった。
 ここまで聞くと不良教師と思われそうだけれど、彼の授業の評判はかなり良かった。国語系科目の教師としては相当有能で、多くの生徒は彼を慕っていた。不思議な話だけれど、俗に不良と呼ばれる生徒たちも彼には逆らえないようだった。
 威圧的だからではない。どちらかと言えば、彼の纏う空気感が戦意を喪失させたのだと思う。
 だからそんな彼が文芸部の顧問だと聞いたときは驚いた。まぁ、廃部なりかけの部活の顧問だったけれど……。

「確認だ。君たちは御堂さんの件は濡れ衣だと思っているかい?」
 村田先生はわかりきったことを私たちに確認した。おそらく『濡れ衣を晴らすために協力してくれるか?』という確認なのだろう。
「はい! 自己採点でも高得点だったし」
「ふむ……。半井くんと篠田さんも同じ意見かな?」
 村田先生は水貴と楓子にも話を振った。
「はい。僕も川村さんと同じです」
「私もです」
 水貴と楓子は即答する。
「うむうむ。それならいいね。では……」
 そう言うと村田先生は応接室から出て行った――。

「いったいどうなるんだろう……」
 ふいに水貴が口を開いた。彼の眉間には皺が寄っている。
「わかんない……。村田先生どうするつもりなんだろうね」
 本当に分からない。村田先生の考えなんて私には想像出来なかった。
「まぁ……。待つしかないよね」
 楓子も難しい顔をしている。
 応接室の時計の秒針の音が妙に耳に刺さる。言葉にするなら『カチカチ』というよりは『タッタッ』に近い。その音を聞くと酷く不安な気持ちなった。まるで丑の刻の参りの釘の音のよう。そんな風に感じる。
 グラウンドから生徒たちの声が聞こえる。どこかのクラスが体育の授業をしているらしい。
 御堂さんと浩樹は大丈夫だろうか? ふとそんなことを思った。もしかしたら自白を強要されているかもしれない……。
 一五分後。再び村田先生が応接室のドアを開いた――。
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