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第二章 ニコタマ文芸部

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「川村さんおはよ」
 翌日。校門前で水貴に声を掛けられた。彼は疲れが溜まっているのか、酷い猫背で声が擦れていた。
「おはよう。具合悪そうだけど大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
 水貴は間髪入れずにそう言った。だいたいこういうときの彼は調子が悪い。
「あんまり無理しないでね……。水貴くんはウチの副部長なんだからさ」
「そ、そうだね……。それより今日からだよね? 試験結果」
「うん! ちょっとドキドキするよ」
 高校初の中間テストの結果発表。それだけで少し緊張する。まぁ、おそらく中学時代の成績と大差ないとは思う。文系が高得点、理系が平均ぐらいだろう。
「僕も緊張するなー。……。一番緊張してるのは御堂さんだろうけどね」
「本当だね。御堂さん大丈夫だといいなー」
 私も水貴も。もっと言えば文芸部のみんなの関心は自分の点数ではない。御堂さんの点数次第では彼女の将来がなくなってしまうのだ。
 みんなで一生懸命……。いや、全身全霊テスト勉強したけれど、それでも予断は許さないだろう。
「ま、大丈夫だよ」
 強がるように言う水貴は既に満身創痍だ。おそらく母親のことでいっぱいいっぱいなのだろう……。

 私たちの高校では学年ごとに試験結果を掲示していた。酷な話だけれど、得点が高い順で最下位まで全部張り出される。
 中間試験での科目数は一二科目なのでその上位と下位の差はかなり激しい。まぁ、合計一一〇〇点以上取れる人間なんてたかが知れているとは思うけれど。
「うわぁ……。やっぱり集まってるね……」
 一年生の試験結果が張り出された掲示板前は酷い混みようだ。やはりみんな考えることは同じらしい。
「おはよう栞。水貴くんも」
 私たちが背伸びして掲示板を覗き込んでいると楓子に声を掛けられた。
「おはよう! 楓子ちゃんどうだった?」
「まぁ普通かな。良くも悪くもない感じ」
 そう言うと楓子は掲示板の左の方を指さした。左の方……。つまり上位の方だ。
「すごい! 楓子ちゃんベスト二〇位だよ!」
「ん? ああ……。そうね」
 失礼な言い方だけれどこんな風でも楓子は優秀なのだ。中学時代にはいつも上位一〇位をキープしていたし、かなり頭が良いのだと思う。ちなみに私はベスト三〇位ぐらい……。
「いやいや、川村さんも悪くないみたいだよ?」
 水貴は掲示板を指さすと私に見るように促した。指された先には確かに私の名前がある。
「えーと……。二三位か……」
 中学時代と同じくらいの順位。やはり学力は横ばいらしい。
 それから水貴も自分の名前を見つけた。水貴は私より少しだけ下のようだ。
「あーあ……。今回は川村さんに負けちゃったね」
「うん……。でも点数にしたら小さいと思うよ? 私と水貴くん二〇点ぐらいしか差ないよ」
 前からそうなのだけれど、私と水貴の成績は概ね同じくらいなのだ。だから互いに追い越したり追い越されたり……。中学時代はそんなことでよく一喜一憂したものだ。
「御堂さんは……」
 自分たちの結果を見た後。私たちは御堂さんの名前を探した。万が一彼女の名前が右端にあるようなら大変なことになる。
「……にしても浩樹はすごいよねー。分かってはいたけど」
 御堂さんの名前を探しながら水貴がポツリと呟いた。
「あぁ……。ほんとにね。でもそれはみんな知ってることだから」
 水貴が言及するまで誰も触れなかったけれど浩樹の結果は左上に書かれていた。学年順位は二位。彼は数少ない一一〇〇点台の生徒なのだ。
「まぁね。ほら、あいつ結果見に来てないじゃん? 自分の点数に興味ないんだよ」
「ハハハ、まぁ浩樹くんらしいけどね……」
 そんな他愛のない話をしながら私はついにその名前を見つけた。御堂火憐……。その名前を。
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