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第二章 ニコタマ文芸部

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 御堂さんの勉強会が始まった。今回はテストの出題範囲を重点的に攻める。
「御堂さんはどの教科が特に苦手?」
「うーん……。どれかな。数学とか化学は苦手かも」
「そっかー。じゃあ、それを重点的にやろうか」
 理系科目。浩樹の得意分野だ。
「えーと、じゃあまずは化学からやろうか? 今回は教科書の二五ページまでだからなんとかなるっしょ」
 最初の中間試験。そのため今回の範囲は比較的少なめだ。浩樹は自身のノートのコピーをホチキス留めした物を御堂さんに渡した。
「ありがとう」
「いいよ。蛍光ペンでなぞってあるところが今回確実に出そうなところだからそこは絶対に覚えてね。意味が分からなくてもとりあえず暗記するのが大切だからさ」
 浩樹のノートはかなりよくまとめられていた。よく「ノートは自分で作り上げるもの」なんて言うけれど、浩樹の作り上げたノートは芸術作品のようにさえ見える。
「浩樹くんすごいね……」
「そうかな? ま、ノートに内容まとめるのは好きなんだ。黒板の板書だけじゃあんまり意味がないしね」
 ここまで真剣に授業を受けてもらえれば教師も本望だろう。そのノートを見てそんなことを思った。
「まずは蛍光ペンのところ全部自分でノートにまとめてみな。話はそれからするから」
「うん」
 御堂さんは普段より緊張しているようだ。浩樹に言われたとおりにノートの内容を自分のノートに書き写すので精一杯といった感じに見える。
「したら……。俺は数学の問題作ってるから篠田さんと川村さんも問題作ってくれる? まぁ、現文は問題作りようないかもしんないけどさ」
「わかったよー」
 現代文学の問題。いったい何を出題すれば良いのだろう? 例えば「~の場面での登場人物の心境を答えなさい」とか「筆者が結論として述べたいことを選べ」とか出せばいいのだろうか?
 考えてみれば現文の試験はかなり内容が怪しいと思う。出題者と筆者が別人である以上、その問題と答えが一致しているとは限らない……。まぁ、これは屁理屈なので一般的な回答は用意出来るけれど。
「楓子ちゃんどう?」
 私は楓子がルーズリーフに書いている世界史の問題を覗き込んだ。
「普通だよ。今回の範囲は古代史だし、そんなに難しい内容は出ないと思うよ?」
「そっか。てか私も古代史あんまり得意じゃないんだよね……」
「……。一応、栞も作家なんだから世界史と日本史ぐらいは把握しといた方がいいよ? 社会科目分かると創作のネタにもなるしさ」
 楓子の言うとおりだ。創作のための勉強。それは必要だと思う。毎回、歴史の教科書引っ張り出して創作のネタ集めするより、きちんと前提の知識があった方がいいと思う。
 文芸部の部室は完全に学習塾と化していた。御堂さんは一生懸命ノートに向かい合い、私と楓子も問題作りに四苦八苦している。
「水貴くんは? どんな感じ?」
「今回は文法と単語の暗記がメインになるかな……。本当は語学は話すことから始めるといいんだけどさ」
 水貴はコピー用紙の裏紙に英文の問題を几帳面に書きながら話す。
「水貴くん昔から英語得意だもんね」
「うーん。英語が得意ってより語学全般好きなんだよね。親父が英語使う仕事してるからその影響だと思う……」
 水貴はコピー用紙から顔を上げることなくそんな話をした。そういえば、水貴の父親の仕事について私は聞いたことがない気がする。
「お父さん英語教師とか?」
「いや……。親父は翻訳家なんだ。まぁ本業は通訳だけどね。だから小さい頃から英語にはなじみがあってね」
 翻訳家と聞いて私は妙に納得した。確かに水貴の書く文章や表現方法は英語の翻訳に近いと思う。
「へー。だから原文で海外文学読めるんだね」
「そう……。僕の英語力なんてたかが知れてるけどね……」
 そう謙遜する水貴は終始、片手間で私と話していた。彼は集中するといつもこうなのだ。
 二時間ほど勉強会をしただろうか? 気がつくと部室の窓の外はすっかり薄暗くなっている。
「今日はここまでね……。御堂さんお疲れ様」
「うん。浩樹くんありがとう。みんなもありがとうね」
 一日目終了。御堂さんはよほど疲れたのか、目の焦点が定まってない。
「そしたら今日はゆっくり休みなね。あ! 寝る前にノートにもう一度だけ目を通してね」
 浩樹は先生のように言うと教科書をまとめた――。
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