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第二章 ニコタマ文芸部

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「どうぞ」
 私は紅茶を煎れると御堂さんの前に置いた。(なぜか文芸部室には紅茶とクッキーが常備してある)
「ありがとう……」
 彼女は照れ笑いを浮かべて会釈した。
「何もお構いできないけど……。まぁ、ゆっくりしていってね」
 私たちの会話を余所に浩樹と楓子は部室で寛いでいた。まぁ、楓子は落書きしていて、浩樹はコーヒーを飲んでいるだけだけれど。
「それで? 浩樹くん説明してくれる?」
「ん? ああ、そうだね……。じゃあ俺から……」
 浩樹はもったいぶった言い方をした。彼は大体の場合、こんな言い方をする。
「昨日の件に関しては二人とも知ってるかな?」
「うん……。陸上部の……。だよね?」
「そうそう! それでどこまで知ってる?」
 どこまで。非常に曖昧な言葉だ。
「うーん……。昨日、グラウンドでなんか揉めてたってことだけかな……」
「そっか。ま、そんなとこだろうね」
 やはりもったいぶっている。浩樹の悪い癖だ。なかなか本題に入ろうとしない。
「いいよ浩樹。自分で言うから」
「お? やっと話す気になった?」
 浩樹の態度にしびれを切らしたのか御堂さんが口を開いた。
「ごめんね。川村さん。ちゃんと話すから……」
 それから御堂さんはことの経緯を教えてくれた――。

 御堂火憐の話。
 二子玉川高校陸上部は都内でも強豪として知られている。特に短距離に関しては全国大会でも何回も優勝しているし、「100メートルのニコタマ」なんて呼ばれるほどだ。
 私自身もそんなニコタマ陸上部に憧れてこの高校に進学した。小中と陸上に打ち込んできたわけだしそれは当然だったと思う。
 中学時代からずっとニコタマ高校に憧れていた。同じ中学だった先輩もいたし、また彼女と一緒に走りたいと思っていた。そのためなら何だってすると思うほどに……。
 だから中学時代には走ることだけに自分の全てを注ぎ込んだ。そのために勉強だとか、遊ぶ時間だとかは当たり前のように犠牲にした。将来に対して支払う犠牲……。そんな感じだ。
 その結果として中学時代の私は都下最速になれた。まぁ正確には関東最速だけれど、それは蛇足だと思う。
 結果を残せた時は正直嬉しかった。まだまだ速くなれる気がした。どこまでも速く。
 だからなのだろう。今の陸上部には私以上のスプリンターはいない。これは本当に言葉のままの意味で男女問わず、私より速く走れる人間は誰もいないのだ。
 でも……。それが全ての火種だった。火種は徐々に大きくなり、次第に業火のように燃えた。
 奇しくも私の名前のように赤く――。
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