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第二章 ニコタマ文芸部

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 例の騒動の翌日。学校中が陸上部の話題で持ちきりだった。ヒソヒソ話なんてレベルではない。私のクラスでも朝からずっとその話ばかりだ。興味がないのは楓子ぐらいだと思う。
「御堂さん大丈夫かな……」
「さぁね。ま、部外者が何言ってもしょうがないと私は思うよ?」
 楓子はまるで達観したように言いながら教科書類を机にしまっていた。きっと彼女にとってはなんてことない話なのだろう。
「まぁねぇ……でもさ、やっぱり私、心配だよ……」
 心配……。なのは間違いないのだ。でも、その心配の方向はきっと御堂さんに対してではない。どちらかと言うと水貴に対して。
「大丈夫だよ。水貴くんはあれでも打たれ強いからさ。友達に何かあったからって自暴自棄になったりしないって」
 楓子はそう言うと、私の肩を優しく叩いた。
 今更だけれど、楓子は私のことをよく理解してくれていると思う。普段から感情を表に出さない彼女だけれど、内心では私をいつも気遣ってくれているのだろう――。

 放課後。私はいつものように文芸部の部室へ向かった。部室へ向かう道すがらグラウンドに目をやると陸上部が練習しているのが見えた。彼らは昨日のことなどまるでなかったかのように練習していた。その様子はある種の不気味さを含んでいるように感じた。不気味……。まるで記憶そのものがなかったことにされたようだ。
「はぁ……」
 不意にため息が零れてしまった。
「ほんとにあんたは心配性だね」
「うん……。そうかもね。どうしても、昨日の水貴くん思い出すと心配でね」
「……。まぁ、わからなくはないけどさ。でも水貴くんも気にする人だから仕方ないと思うよ」
 楓子はそう言うと「ふぅー」と気の抜けたようなため息を吐いた……。

「ああ、川村さん。活動は順調かね?」
 部室に入ると幽霊顧問の村田先生が本を読んで待っていた。彼は白髪交じりのボサボサの髪をボリボリ搔くと皺の寄った顔をくしゃくしゃにして笑った。失礼を承知で言うならば、実に気味の悪い笑顔だと思う。
「お疲れ様です! おかげさまで活動は順調です」
「そうか、そうか。それなら良かったよ。そういえば半井くんは?」
「今日はまだ来てないみたいですね……。いつもなら一番早く来るのに」
 先生に言われて気がついたけれど、今日、水貴は珍しく遅れているようだ。いつもの彼なら必ず私たちより早く来るはずなのに。
「まぁいいよ。今日は川村さんに相談があってね……」
 そういうと村田先生はまた笑った。今度は幾ばくかマシな笑顔で。
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