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第二章 ニコタマ文芸部

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 グラウンドで陸上部の生徒たちがざわついていた。職員会議のせいで顧問の先生はいない。
「なんか揉めてるみたいだね」
「うん……」
 遠目に見える陸上部員たちの表情は曇っていた。ある生徒は顔を真っ赤にしているし、ある生徒は目を腫らして泣いている。サッカー部やテニス部の部員たちも陸上部が気になるのか、練習しながらチラチラと見ている。
 甲高い声が聞こえる。怒鳴り声。女子生徒の絶叫がグラウンドの端に響く。
「大丈夫かな?」
 私は陸上部の部員たちのほうへ歩み寄った。どうやら声の主を何人かで押さえ込んでいるらしい。
 遠くから聞いてもその罵声が誰に向けられているかはわかった。
「あれって……。」
 その騒動の中心が御堂さんのは明らかだった。彼女は松葉杖をついたまま俯いている。
 私たちは彼らを指をくわえて眺めることしかできなかった。まぁ、仮に私たちが陸上部だったとしも同じだとは思う。それぐらい目の前に広がる光景は殺伐としていた。
「コラ! お前ら何やってるんだ!」
 騒ぎを聞きつけたのか陸上部の顧問の先生がやってきた。彼はいつものようなジャージ姿ではなくスーツ姿だ。会議の途中で抜け出してきたのか、額には汗が滲んでいた。
 それから陸上部の当事者たちは先生に校舎に連れて行かれた。その中に御堂さんの姿もあった。
「大丈夫かな……」
 私は性懲りもなく同じことを水貴に尋ねた。
「ああ……。心配だね……。でも、僕たちがいてもしょうがないから戻ろうか?」
 水貴はどことなく力なくそう言うと、小さくため息をついた――。

 部室に戻ると楓子が我関せずといった感じで漫画の原稿に集中していた。中学の頃からそうだけれど、彼女は他の生徒に本格的に興味がないのだ。
「おかえり」
「ただいま」
 それだけの会話を交わすと私たちは再び部活動に戻った。部活動といってもおのおの読書したり、執筆したり、漫画を描いたりしているだけなのだけれど。
 私も自分の原稿を広げた。楓子みたいに賞に応募するわけではないけれど、淡々と書こうと思う。淡々と。メトロノームのように。
 私は執筆を。楓子は漫画原稿を。そして水貴は読書に戻った。まぁ、私と水貴は内心それどころではなかったかもしれない。
 御堂さんは大丈夫だろうか? いや、そもそも何があったのだろう?
 想像だけが膨らみ、その想像はどこにもたどりつけそうにない――。

 そして……。
 御堂火憐の自主退学の話が持ち上がったのは翌日のことだった。
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