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第二章 花見川服飾高等専修学園
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――千歳ちゃんはそこまで話すと「ふぅ」と軽くため息を吐いた。そして「かすみんには言ってなかったけど四月からずっとフジやんと一緒に配信の企画やってんだ」と続けた。完全に初耳だ。前から奇行……。いや失礼。変わった行動が多い子だと思っていたけれど、まさかそんなことをしていたとは思わなかった。
「そっか。じゃあ今日階段にいたのがそのフジやんくんだったんだね?」
「そうだよ。それでね……。今日のフジやん死にそうな顔してたんだ。……でね。あの子最近元気なかったんだよね。一緒にゲームしてても何か上の空でさ。まぁ、元々フジやん口数多いわけでもないからウチも特に触れなかったんだけど……。今思えばそれが失敗だったよ。まさか学校でトラブってるとは思わなかった」
千歳ちゃんはそこまで言うと左目を手の甲で拭った。こんなに疲弊している千歳ちゃんを見るのは初めてだ。
「それは……。いじめられてるってこと?」
私は彼女にそう尋ねた。千歳ちゃんはそれに「みたいだね」とだけ答えると天井を見上げる。
「B組ってさ。ウチらのクラスに比べて明るい子多いじゃん? 女子も男子もイケイケって感じでさ。だからフジやんちょっと浮いちゃったんだと思う。あの子って大人しいタイプだから」
「それは……。そうかもね。B組はけっこう派手な子多いから」
「うん……。あーあ、フジやんもA組だったら良かったのに」
千歳ちゃんはそう言うと肩をがっくり落とした。確かに大人しい子にB組はキツいかも知れない。だって……。あのクラスには『お嬢様』がいるから――。
太田まりあ。それがB組の実質的なリーダーの名前だ。彼女は花見川高校内でもかなりの有名人で教師・生徒問わず彼女に意見できる人間はほとんどいなかった。それを揶揄して付いたあだ名が『お嬢様』。まぁ……。実際彼女は本当にお嬢様なのだけれど。
総合アパレルメーカー『ロイヤルヴァージン』の社長令嬢。それが太田まりあの素性だ。そして『ロイヤルヴァージン』は花見川高校の筆頭株主……。らしい。これは叔父から訊いた話なので間違いないと思う。叔父はあんなでもアパレル業界の情報にはかなり詳しいのだ。
ともかく太田まりあはそんな感じで服飾業界のサラブレッドのような血筋なのだ。そしてそのことで彼女はたびたび学内で問題を起こしていた――。
「やっぱりそのいじめって……。太田さん絡み?」
私は確かめるように千歳ちゃんにそう尋ねた。
「そうだよ。……やっぱかすみんは察しが良いね」
「いや……。察しが良いっていうかそれしか考えらんないからさ」
私はそう返すと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。そしてそれを紙コップに注いで彼女の前に置いた。千歳ちゃんは「ありがとう」と言ってそれに口を付ける。
「ったく! お嬢ってマジでやっかいだよ。知ってる? お嬢のせいであのクラスの担任二回も変わってんだよ? んで自主退学が三人……。もうこれだけでヤバいのわかんじゃんよ!」
千歳ちゃんはそう吐き捨てるとオレンジジュースを一気に飲み干した。そして「ウチああいう女大嫌い!」と続けた。この子は太田さんが大嫌いなのだ。まぁ……。その点に関しては私も同じなのだけれど。
「うーん……。そうだね。私も太田さんはちょっと苦手かな。あの子って気に入らないことあるとすぐにだだこねるらしいもんね」
「だよ! マジで気にいらないよ。お嬢も、あとその取り巻き連中も!」
千歳ちゃんはそこまで憤慨すると空の紙コップをクシャっと握りつぶした。そして我に返ったのか「あ、ごめん」と謝った。どうやら激高しすぎたと気がついたようだ。
そうこうしているとバッグヤードのドアがノックされた。そしてドア越しに「入ってもいいか?」という叔父の声が聞こえた。私は反射的に「はーい」と答える。
「悪いね。お話中に」
叔父は珍しく丁寧な口調で言うと奥にある段ボールに手を掛けた。そして「あれぇ? ねーな。香澄、去年の納品書類どこだっけ?」と続けた。いい加減にして欲しい。だから普段から整理整頓はしとけよって本気で思う。
「もう! 納品書類は奥から年度ごとに分けてるっていつも言ってるじゃん!」
私はそんな風に少し嫌味を言うと昨年度の納品書の入った段ボールを取り出して叔父に渡した。叔父はばつが悪そうに「そうだったな」と言ってうなじを掻いた。このオッサンは毎回毎回……。本当にいっつもいっつも整理整頓ができないのだ。
私たちのそんなやりとりを見て千歳ちゃんが「ぷっ」と吹き出した。そして「かすみんとおじさんは仲良しだよねぇ」と笑った――。
それから程なくして千歳ちゃんは帰った。何も解決していないけれど、とりあえず問題の共有はできたと思う。正直太田さんの件にはどう対処したらいいかは悩みどころだけれど。
「なんだ? お前今日は休みだろ?」
私がバッグヤードの段ボールを整理していると叔父にそう言われた。
「別にいいでしょ? こんだけ散らかされたら私も困るんだから」
「……そうか。お前アレだな。細かいとこだんだん義姉さんに似てきたな」
叔父はそう言うと面倒臭そうに大欠伸した。完全に私の地雷を踏んだ。勘弁ならない。理詰めしたい。今日という今日は説教タイムだ。
「叔父さん。ちょっとそこに座って」
「え?」
「いいから座れ!」
私は叔父の手を思い切り引っ張ってバッグヤードの椅子に座らせた。幸い今店内に客の姿はない。鬼詰めするには丁度良いタイミングだと思う。
「前から言ってるよね? UGはただのコスプレ衣装屋じゃないんだよ?」
私は叔父にそう言って詰め寄った。叔父は「お、おう」としどろもどろに答える。
「ここは叔父さんのブランドの本社なの! 分かる? ここが『DEER』の事務所!」
「……んなこと言われんでも分かってるよ」
「あのさぁ。分かってんなら何で大事な書類いっつも放置してるわけ? あれって卸先の掛け率まで書いてあんだよ? 外に漏れたらヤバいって思わないの?」
「いや……。あの」
「思わないよねぇ? 叔父さんずぼらで適当だもんねぇ。でもさ、UGん中だけならいいけどもし間違ってゴミにでも出したらどうなるかな? それでもし発注書が他の業者に漏れたら……。もう信用問題だよね。取引先みんな離れるよ。百貨店もモールも小売店も。みーんな『オタクは信用ならないから付き合いたくない』って思うんじゃない?」
「お、おい。そこら辺にして……」
「つーかさ。いつも何なの? 私昨日事務所ん中綺麗に掃除したよね? なのに一晩でなんでこんなに散らかせるわけ? カップラーメンのつゆを流しに捨てるぐらいのこと小学生だってできるよ? だいたい叔父さんは――」
そんな感じで私は叔父に不平不満をぶちまけた。これはたまにやってしまうのだ。我ながら悪い癖だと思う。
「そっか。じゃあ今日階段にいたのがそのフジやんくんだったんだね?」
「そうだよ。それでね……。今日のフジやん死にそうな顔してたんだ。……でね。あの子最近元気なかったんだよね。一緒にゲームしてても何か上の空でさ。まぁ、元々フジやん口数多いわけでもないからウチも特に触れなかったんだけど……。今思えばそれが失敗だったよ。まさか学校でトラブってるとは思わなかった」
千歳ちゃんはそこまで言うと左目を手の甲で拭った。こんなに疲弊している千歳ちゃんを見るのは初めてだ。
「それは……。いじめられてるってこと?」
私は彼女にそう尋ねた。千歳ちゃんはそれに「みたいだね」とだけ答えると天井を見上げる。
「B組ってさ。ウチらのクラスに比べて明るい子多いじゃん? 女子も男子もイケイケって感じでさ。だからフジやんちょっと浮いちゃったんだと思う。あの子って大人しいタイプだから」
「それは……。そうかもね。B組はけっこう派手な子多いから」
「うん……。あーあ、フジやんもA組だったら良かったのに」
千歳ちゃんはそう言うと肩をがっくり落とした。確かに大人しい子にB組はキツいかも知れない。だって……。あのクラスには『お嬢様』がいるから――。
太田まりあ。それがB組の実質的なリーダーの名前だ。彼女は花見川高校内でもかなりの有名人で教師・生徒問わず彼女に意見できる人間はほとんどいなかった。それを揶揄して付いたあだ名が『お嬢様』。まぁ……。実際彼女は本当にお嬢様なのだけれど。
総合アパレルメーカー『ロイヤルヴァージン』の社長令嬢。それが太田まりあの素性だ。そして『ロイヤルヴァージン』は花見川高校の筆頭株主……。らしい。これは叔父から訊いた話なので間違いないと思う。叔父はあんなでもアパレル業界の情報にはかなり詳しいのだ。
ともかく太田まりあはそんな感じで服飾業界のサラブレッドのような血筋なのだ。そしてそのことで彼女はたびたび学内で問題を起こしていた――。
「やっぱりそのいじめって……。太田さん絡み?」
私は確かめるように千歳ちゃんにそう尋ねた。
「そうだよ。……やっぱかすみんは察しが良いね」
「いや……。察しが良いっていうかそれしか考えらんないからさ」
私はそう返すと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。そしてそれを紙コップに注いで彼女の前に置いた。千歳ちゃんは「ありがとう」と言ってそれに口を付ける。
「ったく! お嬢ってマジでやっかいだよ。知ってる? お嬢のせいであのクラスの担任二回も変わってんだよ? んで自主退学が三人……。もうこれだけでヤバいのわかんじゃんよ!」
千歳ちゃんはそう吐き捨てるとオレンジジュースを一気に飲み干した。そして「ウチああいう女大嫌い!」と続けた。この子は太田さんが大嫌いなのだ。まぁ……。その点に関しては私も同じなのだけれど。
「うーん……。そうだね。私も太田さんはちょっと苦手かな。あの子って気に入らないことあるとすぐにだだこねるらしいもんね」
「だよ! マジで気にいらないよ。お嬢も、あとその取り巻き連中も!」
千歳ちゃんはそこまで憤慨すると空の紙コップをクシャっと握りつぶした。そして我に返ったのか「あ、ごめん」と謝った。どうやら激高しすぎたと気がついたようだ。
そうこうしているとバッグヤードのドアがノックされた。そしてドア越しに「入ってもいいか?」という叔父の声が聞こえた。私は反射的に「はーい」と答える。
「悪いね。お話中に」
叔父は珍しく丁寧な口調で言うと奥にある段ボールに手を掛けた。そして「あれぇ? ねーな。香澄、去年の納品書類どこだっけ?」と続けた。いい加減にして欲しい。だから普段から整理整頓はしとけよって本気で思う。
「もう! 納品書類は奥から年度ごとに分けてるっていつも言ってるじゃん!」
私はそんな風に少し嫌味を言うと昨年度の納品書の入った段ボールを取り出して叔父に渡した。叔父はばつが悪そうに「そうだったな」と言ってうなじを掻いた。このオッサンは毎回毎回……。本当にいっつもいっつも整理整頓ができないのだ。
私たちのそんなやりとりを見て千歳ちゃんが「ぷっ」と吹き出した。そして「かすみんとおじさんは仲良しだよねぇ」と笑った――。
それから程なくして千歳ちゃんは帰った。何も解決していないけれど、とりあえず問題の共有はできたと思う。正直太田さんの件にはどう対処したらいいかは悩みどころだけれど。
「なんだ? お前今日は休みだろ?」
私がバッグヤードの段ボールを整理していると叔父にそう言われた。
「別にいいでしょ? こんだけ散らかされたら私も困るんだから」
「……そうか。お前アレだな。細かいとこだんだん義姉さんに似てきたな」
叔父はそう言うと面倒臭そうに大欠伸した。完全に私の地雷を踏んだ。勘弁ならない。理詰めしたい。今日という今日は説教タイムだ。
「叔父さん。ちょっとそこに座って」
「え?」
「いいから座れ!」
私は叔父の手を思い切り引っ張ってバッグヤードの椅子に座らせた。幸い今店内に客の姿はない。鬼詰めするには丁度良いタイミングだと思う。
「前から言ってるよね? UGはただのコスプレ衣装屋じゃないんだよ?」
私は叔父にそう言って詰め寄った。叔父は「お、おう」としどろもどろに答える。
「ここは叔父さんのブランドの本社なの! 分かる? ここが『DEER』の事務所!」
「……んなこと言われんでも分かってるよ」
「あのさぁ。分かってんなら何で大事な書類いっつも放置してるわけ? あれって卸先の掛け率まで書いてあんだよ? 外に漏れたらヤバいって思わないの?」
「いや……。あの」
「思わないよねぇ? 叔父さんずぼらで適当だもんねぇ。でもさ、UGん中だけならいいけどもし間違ってゴミにでも出したらどうなるかな? それでもし発注書が他の業者に漏れたら……。もう信用問題だよね。取引先みんな離れるよ。百貨店もモールも小売店も。みーんな『オタクは信用ならないから付き合いたくない』って思うんじゃない?」
「お、おい。そこら辺にして……」
「つーかさ。いつも何なの? 私昨日事務所ん中綺麗に掃除したよね? なのに一晩でなんでこんなに散らかせるわけ? カップラーメンのつゆを流しに捨てるぐらいのこと小学生だってできるよ? だいたい叔父さんは――」
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