6 / 49
第二章 花見川服飾高等専修学園
3
しおりを挟む
撮影が終わると急いで機材を片付けた。授業開始まであと三分。教室までの距離を考えると結構ギリギリだと思う。
「かすみん今日はあんがとね。これでジングル作れるわ」
千歳ちゃんはそう言うと地雷系の服をスクールバッグに押し込んだ。
「大丈夫だよ。じゃあ急いで戻ろう」
私はそう返すと重い扉に全体重を掛けて引っ張った。そして開いた隙間に身体をねじ込んで屋上の踊り場に戻った。日の光の下にいたせいで校内が薄暗く感じる。
そんな夜盲症のようになった私の目に薄らと人影が映った。その人影は階段で一人俯いていた。制服から察するに男子生徒……。だと思う。
「どうしたの?」
私がその人影に戸惑っていると後ろから千歳ちゃんに声を掛けられた。私はその声に「あ、えーと」と言い淀む。
「ありゃ。フジやんじゃん? こんなとこでどうしたん?」
そんな私を余所に千歳ちゃんがその男子生徒にそう声を掛けた。そして彼に駆け寄ると「うっ」と声を漏らしてその場で足を止める。
「千歳……。ちゃん?」
私は恐る恐る千歳ちゃんに声を掛けた。そして数秒間を置いて彼女は口を開いた。
「……ごめん香澄。悪いんだけど先に教室戻ってて」
千歳ちゃんは押し殺したような声で言うとその男子生徒を抱き起こした。かすみんじゃなくて香澄呼び……。こうしてまともな話し方をする彼女を見るのは久しぶりだ。
「ほんとごめんね。あと……。悪いんだけど先生にも遅れるって伝えといて」
千歳ちゃんはそれだけ言うとその男子生徒と一緒に下の階に降りていった。私は……。それを黙って見送ることしかできなかった――。
それから私は一人で教室に戻った。そして席に着くと同時に始業のチャイムが鳴った。五限目は現代文。普通教科だ。
「あれ? 羽田さんは?」
チャイムが鳴り終わると隣の席の澪ちゃんにそう訊かれた。
「なんか遅れるってさ」
「ふーん。そっか」
澪ちゃんはそれだけ返すと窓際の一番後ろの席をチラッと見た。そして「珍しい」と呟く。
そうこうしていると現代文の仁科先生が教室に入ってきた。
「じゃあ授業始めるぞー。日直号令!」
「はい! 起立! 礼! 着席!」
「おーし、出席取るぞー」
仁科先生はそう言うと出席を取り始めた。綾部、井上、奥寺、鹿島――。そんな風に出席が淡々と取られていく。
「仲村ー。羽田ー。ん? あれ? 羽田は?」
仁科先生はそう言うと千歳ちゃんの席に視線を送った。そして「鹿島ぁ。羽田見てないか?」と続ける。
「用事があるので遅れるそうです」
「用事? なんだ? 腹でも壊したか?」
仁科先生はそれだけ言うと出席簿に何やらチェックを入れた。そして「福原ー」と出席を続けた。彼はこういう人間なのだ。良くも悪くも生徒に対しては放任主義なのだと思う。
「羽田以外は出席……。っとじゃあ教科書の五八ページから。鹿島よろしく」
仁科先生はそう言うと私に教科書の朗読をするように促した。私は言われるがまま教科書を手に取って立ち上がった。朗読するのは中島敦の山月記。唐の時代を舞台にした短編小説だ。
「――その声は、我が友、李徴子ではないか?」
私が山月記をそこまで読むと教室の後ろの引き戸が開く音がした。そして続けて「仁科ちゃんごめーん。遅刻したー」という声が聞こえた。さっきまでのまともな羽田千歳の声ではない。聞き慣れたいつもの千歳ちゃんの声だ。
「おいおいおい。なんだ羽田? 遅れてきて」
仁科先生はそう苦笑すると「早く席に着け」と顎をしゃくり上げた。そして再び私に朗読の続きを促した。私は「はい」と返事して山月記の朗読に戻る。
それから私はその物語を中盤まで読み進めた。そして先生に指定された箇所まで読むと教科書から視線を上げる。
「はい、朗読ありがとう。聞きやすかったよ鹿島」
仁科先生はそんな風に私を軽く褒めるとホワイトボードに『李徴子』『袁傪』と物語の登場人物の名前を書いた。そして「じゃあみんなに聞いてくぞー」と続けた。これが仁科先生の授業スタイルなのだ。板書させるより作品について考えさせる。それが彼のやり方なのだと思う――。
五限の終わり。千歳ちゃんは仁科先生に遅刻したことを謝りに行った。そして深刻そうな顔で先生に何か伝えると私のところに来た。
「かすみんごめんねー。伝言頼んじゃって」
「大丈夫だよ。それより……。何かあったの?」
「うーん……。まぁちょっとね。ここでは話せないから帰りにでも話すよ」
千歳ちゃんはそれだけ話すとすぐに自分の席に戻っていった。そしてそれから程なくして次の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「かすみん今日はあんがとね。これでジングル作れるわ」
千歳ちゃんはそう言うと地雷系の服をスクールバッグに押し込んだ。
「大丈夫だよ。じゃあ急いで戻ろう」
私はそう返すと重い扉に全体重を掛けて引っ張った。そして開いた隙間に身体をねじ込んで屋上の踊り場に戻った。日の光の下にいたせいで校内が薄暗く感じる。
そんな夜盲症のようになった私の目に薄らと人影が映った。その人影は階段で一人俯いていた。制服から察するに男子生徒……。だと思う。
「どうしたの?」
私がその人影に戸惑っていると後ろから千歳ちゃんに声を掛けられた。私はその声に「あ、えーと」と言い淀む。
「ありゃ。フジやんじゃん? こんなとこでどうしたん?」
そんな私を余所に千歳ちゃんがその男子生徒にそう声を掛けた。そして彼に駆け寄ると「うっ」と声を漏らしてその場で足を止める。
「千歳……。ちゃん?」
私は恐る恐る千歳ちゃんに声を掛けた。そして数秒間を置いて彼女は口を開いた。
「……ごめん香澄。悪いんだけど先に教室戻ってて」
千歳ちゃんは押し殺したような声で言うとその男子生徒を抱き起こした。かすみんじゃなくて香澄呼び……。こうしてまともな話し方をする彼女を見るのは久しぶりだ。
「ほんとごめんね。あと……。悪いんだけど先生にも遅れるって伝えといて」
千歳ちゃんはそれだけ言うとその男子生徒と一緒に下の階に降りていった。私は……。それを黙って見送ることしかできなかった――。
それから私は一人で教室に戻った。そして席に着くと同時に始業のチャイムが鳴った。五限目は現代文。普通教科だ。
「あれ? 羽田さんは?」
チャイムが鳴り終わると隣の席の澪ちゃんにそう訊かれた。
「なんか遅れるってさ」
「ふーん。そっか」
澪ちゃんはそれだけ返すと窓際の一番後ろの席をチラッと見た。そして「珍しい」と呟く。
そうこうしていると現代文の仁科先生が教室に入ってきた。
「じゃあ授業始めるぞー。日直号令!」
「はい! 起立! 礼! 着席!」
「おーし、出席取るぞー」
仁科先生はそう言うと出席を取り始めた。綾部、井上、奥寺、鹿島――。そんな風に出席が淡々と取られていく。
「仲村ー。羽田ー。ん? あれ? 羽田は?」
仁科先生はそう言うと千歳ちゃんの席に視線を送った。そして「鹿島ぁ。羽田見てないか?」と続ける。
「用事があるので遅れるそうです」
「用事? なんだ? 腹でも壊したか?」
仁科先生はそれだけ言うと出席簿に何やらチェックを入れた。そして「福原ー」と出席を続けた。彼はこういう人間なのだ。良くも悪くも生徒に対しては放任主義なのだと思う。
「羽田以外は出席……。っとじゃあ教科書の五八ページから。鹿島よろしく」
仁科先生はそう言うと私に教科書の朗読をするように促した。私は言われるがまま教科書を手に取って立ち上がった。朗読するのは中島敦の山月記。唐の時代を舞台にした短編小説だ。
「――その声は、我が友、李徴子ではないか?」
私が山月記をそこまで読むと教室の後ろの引き戸が開く音がした。そして続けて「仁科ちゃんごめーん。遅刻したー」という声が聞こえた。さっきまでのまともな羽田千歳の声ではない。聞き慣れたいつもの千歳ちゃんの声だ。
「おいおいおい。なんだ羽田? 遅れてきて」
仁科先生はそう苦笑すると「早く席に着け」と顎をしゃくり上げた。そして再び私に朗読の続きを促した。私は「はい」と返事して山月記の朗読に戻る。
それから私はその物語を中盤まで読み進めた。そして先生に指定された箇所まで読むと教科書から視線を上げる。
「はい、朗読ありがとう。聞きやすかったよ鹿島」
仁科先生はそんな風に私を軽く褒めるとホワイトボードに『李徴子』『袁傪』と物語の登場人物の名前を書いた。そして「じゃあみんなに聞いてくぞー」と続けた。これが仁科先生の授業スタイルなのだ。板書させるより作品について考えさせる。それが彼のやり方なのだと思う――。
五限の終わり。千歳ちゃんは仁科先生に遅刻したことを謝りに行った。そして深刻そうな顔で先生に何か伝えると私のところに来た。
「かすみんごめんねー。伝言頼んじゃって」
「大丈夫だよ。それより……。何かあったの?」
「うーん……。まぁちょっとね。ここでは話せないから帰りにでも話すよ」
千歳ちゃんはそれだけ話すとすぐに自分の席に戻っていった。そしてそれから程なくして次の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
月不知のセレネー
海獺屋ぼの
ライト文芸
音楽レーベル株式会社ニンヒアの企画部に所属する春川陽子はある日突然に新創設部署「クリエイター発掘部」の部長代理を任されることになった。
彼女に与えられた使命は二人の盲目のクリエイターのマネジメント。
苦労しながらも陽子は彼らと一緒に成長していくのだった。
ボカロPと異世界転生モノ作家の二人がある楽曲を作り上げるまでの物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる