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第二章 花見川服飾高等専修学園
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七時半。私は朝のルーティンを一通り終えると制服に袖を通した。紺色のジャンパースカートに赤い紐リボン。そんなありふれた制服だ。服飾系の高校にしてはかなり地味なデザインだと思う。
思えば私の通う学校はその課業内容に反してネーミングや建物がとても古くさいのだ。その最たるものが花見川服飾高等専修学園という名前だと思う。頑なに『○○ファッションスクール』だとか『△△デザイナーカレッジ』だとかに改称しない。まぁ……。だからこそ伝統と業界での知名度が守られているのだとは思うけれど。
着替え終わると姿見の前に立った。そして長い髪をヘアゴムで束ねた。髪型はレギュラーツインテール。我ながらけっこうきわどい髪型をしていると思う。
そうやって髪を整える横ではテレビが流れていた。内容は地元のプロ野球チームの活躍だとか幕張メッセで今週末にやるイベントだとか。そんな千葉市民にしか役に立たなそうな情報だ。
私はそんな半分雑音みたいなニュースを聞きながら学校指定の靴下を履いた。そして姿見の中の自分に微笑みかけた。今日も良い笑顔が作れている。愛想だけなら幕張で一番かも。そんなナルシストみたいなことを思った――。
「おはよーかっすみん!」
八時一五分。学校に着くと昇降口で同じクラスの千歳ちゃんに声を掛けられた。彼女とは長い付き合いで小学校から数えるとかれこれ一〇年の付き合いになる。
「おはよう千歳ちゃん」
私はそう返すとローファーを下駄箱にしまった。そして上履きに足をねじ込むと今朝練習した愛想笑いを使った。パーフェクトスマイル。好感度を上げるだけの高等技術。
「今日もかすみんは可愛いなぁ。はぁ……。良い匂い」
千歳ちゃんはそう言うと私の髪に顔を近づけた。そして「ふぁあ。たまんない」とうっとり顔になった。千歳ちゃんはとんでもねー変態女子なのだ。思い返すと昔からけっこう変わり者だったような気がする。
「ちょっと千歳ちゃん……。マジでやめて。そういうのいいから」
「えー! だってせっかく朝からかすみんに会えたんじゃん? だったらかすみん成分貰わなきゃ損だよー」
千歳ちゃんはそう言うと唇を尖らせて拗ねた。なかなかのウザさだ。朝っぱらからこのノリは本気でやめて欲しいと思う。
「まぁ……。いいけどさ。それよりこの前は宣伝ありがとね。弥生ちゃんも助かるって言ってたよ」
「いいんだよー。あんぐらいちょろいちょろい。ってか昨日のゲーム配信の感想雑談ときにも追加で宣伝しといたよ。リスナーさんたちも拡散してくれるって」
千歳ちゃんはそう言うとスマホを取り出した。そしてSNSの画面を開いてそれを私に差し出す。
「すごい! もう一万人も見てくれてる!」
「ねー。すごいよね。流石は弥生ちゃんだよぉ。てかウチのフォロワーもすごいんだよ。あの子たち推しの推しにはかなり親切だからさ」
千歳ちゃんは弥生ちゃんと自身のフォロワーを褒めるとニヤァと嫌らしい笑みを浮かべた。千歳ちゃんはこう見えてもかなりやり手のゲーム配信者なのだ。下手したら駆け出しの芸能人よりもネット上の影響力は強いと思う。
「本当に助かるよ。弥生ちゃん俳優復帰したばっかでまだまだ味方が少ないからさ……。ありがとね」
「しわさんけー。こっちこそちんすこう貰っちゃってサンクスだよ」
千歳ちゃんはそんな聞きかじりの沖縄弁を話すとニッコリ笑った。さっきみたいなウザったい笑顔ではない。たぶんこれが彼女本来の表情なのだと思う。
それから私たちは自分たちの教室に向かった。そして教室に入ると一限目の準備に取り掛かった。一限目は英語。普通学科の授業だ。
「ねぇねぇかすみん。お昼休みにちょっと手伝って欲しいことあんだけど」
私が英語の教科書を眺めていると千歳ちゃんにそう声を掛けられた。その言い方は……。まるでいたずらっ子の悪巧みみたいだ。
「なぁに? また動画撮影の手伝いか何か?」
「そうそう! 察しがよくて助かるよ。ほら、ウチのチャンネルってたまに実写素材使うじゃん? だから手伝って欲しくてさ」
「それはいいけど……。また先生に怒られない?」
私は少し語気を強めて彼女にそう尋ねた。この子には前科があるのだ。確か前回は体育館で一人ホームラン競争(?)をして怒られていた……。はずだ。
「今度は大丈夫! ちゃんと先生に撮影許可貰ったしね」
「そっか。なら……。いいよ。手伝う」
「やったー! かすみんありがとー。んじゃお昼になったら屋上行こ!」
千歳ちゃんはそう言うと鼻歌交じりで自分の席に戻っていった。どうやら今回彼女は学校の屋上を舞台に何かしでかすつもりらしい――。
午前の授業。私はそれを淡々と熟していった。一限目は英語、二限目は服飾理論、三限目はカラーコーディネート、そして四限目は選択科目で……。私が最も得意とする服飾実技だ。要はミシンによる縫製。場所は教室ではなく縫製室だ。ちなみに縫製室は学校内で最も重要な部屋で私が最もよく利用する教室だ。まるで紡績工場のようにミシンがびっしりと並ぶ。その光景は本当に圧巻だ。
「はい、先日に引き続き今日は刺繍ミシンの扱いについてです」
授業が始まると縫製の石川先生がそう言って刺繍ミシンの使い方をレクチャーしてくれた。刺繍ミシン……。一応UGにもあるけれど私はあまり使わない代物だ。はっきり言って刺繍ミシンの扱いは縫製というよりPCでのデザイン作業に近いのだ。刺繍データの作成。それが今回やる授業のメインだと思う。
それから私は縫製実技の班内で最初に刺繍ミシンを使わせて貰った。そしてミシンにデータ入力するとあっという間に私がデザインした荊棘柄の模様が布に刺繍された。かなり簡単だ。これといって難しいことはない。
「うわぁ。香澄ちゃんのそれめっちゃお洒落じゃん!」
私が刺繍枠(刺繍するときにミシンに布を固定する器具)を外していると同じ班の澪ちゃんにそう褒められた。澪ちゃんとは高校からの付き合いで絵に描いたような普通の友達だ。
「ありがとー。やってみると意外と簡単だね」
「そっか。じゃあ次は私がやるね」
澪ちゃんはそう言うと自身のデータをミシンに入力した。そして布をセットすると刺繍ミシンの開始ボタンを押した――。
午前中の授業はそんな感じで滞りなく終わった。そしてお昼休みになると千歳ちゃんが私の席にやってきた。
「かーすみん。屋上行こ」
彼女はそう言うと昼食の入ったコンビニ袋をわざとらしく胸元で揺らした。どうやら千歳ちゃんは屋上で昼食を食べるつもりらしい。
「そうだね。じゃあ屋上でお昼にしよっか」
「イエェーイ。じゃあすぐに行こ行こ」
千歳ちゃんはハイテンションに応えると子供みたいにその場で飛び跳ねた。やっぱりけっこうなウザさだ。悪い子じゃない。でも良い子かっていうと……。かなり疑問符が付くと思う。
思えば私の通う学校はその課業内容に反してネーミングや建物がとても古くさいのだ。その最たるものが花見川服飾高等専修学園という名前だと思う。頑なに『○○ファッションスクール』だとか『△△デザイナーカレッジ』だとかに改称しない。まぁ……。だからこそ伝統と業界での知名度が守られているのだとは思うけれど。
着替え終わると姿見の前に立った。そして長い髪をヘアゴムで束ねた。髪型はレギュラーツインテール。我ながらけっこうきわどい髪型をしていると思う。
そうやって髪を整える横ではテレビが流れていた。内容は地元のプロ野球チームの活躍だとか幕張メッセで今週末にやるイベントだとか。そんな千葉市民にしか役に立たなそうな情報だ。
私はそんな半分雑音みたいなニュースを聞きながら学校指定の靴下を履いた。そして姿見の中の自分に微笑みかけた。今日も良い笑顔が作れている。愛想だけなら幕張で一番かも。そんなナルシストみたいなことを思った――。
「おはよーかっすみん!」
八時一五分。学校に着くと昇降口で同じクラスの千歳ちゃんに声を掛けられた。彼女とは長い付き合いで小学校から数えるとかれこれ一〇年の付き合いになる。
「おはよう千歳ちゃん」
私はそう返すとローファーを下駄箱にしまった。そして上履きに足をねじ込むと今朝練習した愛想笑いを使った。パーフェクトスマイル。好感度を上げるだけの高等技術。
「今日もかすみんは可愛いなぁ。はぁ……。良い匂い」
千歳ちゃんはそう言うと私の髪に顔を近づけた。そして「ふぁあ。たまんない」とうっとり顔になった。千歳ちゃんはとんでもねー変態女子なのだ。思い返すと昔からけっこう変わり者だったような気がする。
「ちょっと千歳ちゃん……。マジでやめて。そういうのいいから」
「えー! だってせっかく朝からかすみんに会えたんじゃん? だったらかすみん成分貰わなきゃ損だよー」
千歳ちゃんはそう言うと唇を尖らせて拗ねた。なかなかのウザさだ。朝っぱらからこのノリは本気でやめて欲しいと思う。
「まぁ……。いいけどさ。それよりこの前は宣伝ありがとね。弥生ちゃんも助かるって言ってたよ」
「いいんだよー。あんぐらいちょろいちょろい。ってか昨日のゲーム配信の感想雑談ときにも追加で宣伝しといたよ。リスナーさんたちも拡散してくれるって」
千歳ちゃんはそう言うとスマホを取り出した。そしてSNSの画面を開いてそれを私に差し出す。
「すごい! もう一万人も見てくれてる!」
「ねー。すごいよね。流石は弥生ちゃんだよぉ。てかウチのフォロワーもすごいんだよ。あの子たち推しの推しにはかなり親切だからさ」
千歳ちゃんは弥生ちゃんと自身のフォロワーを褒めるとニヤァと嫌らしい笑みを浮かべた。千歳ちゃんはこう見えてもかなりやり手のゲーム配信者なのだ。下手したら駆け出しの芸能人よりもネット上の影響力は強いと思う。
「本当に助かるよ。弥生ちゃん俳優復帰したばっかでまだまだ味方が少ないからさ……。ありがとね」
「しわさんけー。こっちこそちんすこう貰っちゃってサンクスだよ」
千歳ちゃんはそんな聞きかじりの沖縄弁を話すとニッコリ笑った。さっきみたいなウザったい笑顔ではない。たぶんこれが彼女本来の表情なのだと思う。
それから私たちは自分たちの教室に向かった。そして教室に入ると一限目の準備に取り掛かった。一限目は英語。普通学科の授業だ。
「ねぇねぇかすみん。お昼休みにちょっと手伝って欲しいことあんだけど」
私が英語の教科書を眺めていると千歳ちゃんにそう声を掛けられた。その言い方は……。まるでいたずらっ子の悪巧みみたいだ。
「なぁに? また動画撮影の手伝いか何か?」
「そうそう! 察しがよくて助かるよ。ほら、ウチのチャンネルってたまに実写素材使うじゃん? だから手伝って欲しくてさ」
「それはいいけど……。また先生に怒られない?」
私は少し語気を強めて彼女にそう尋ねた。この子には前科があるのだ。確か前回は体育館で一人ホームラン競争(?)をして怒られていた……。はずだ。
「今度は大丈夫! ちゃんと先生に撮影許可貰ったしね」
「そっか。なら……。いいよ。手伝う」
「やったー! かすみんありがとー。んじゃお昼になったら屋上行こ!」
千歳ちゃんはそう言うと鼻歌交じりで自分の席に戻っていった。どうやら今回彼女は学校の屋上を舞台に何かしでかすつもりらしい――。
午前の授業。私はそれを淡々と熟していった。一限目は英語、二限目は服飾理論、三限目はカラーコーディネート、そして四限目は選択科目で……。私が最も得意とする服飾実技だ。要はミシンによる縫製。場所は教室ではなく縫製室だ。ちなみに縫製室は学校内で最も重要な部屋で私が最もよく利用する教室だ。まるで紡績工場のようにミシンがびっしりと並ぶ。その光景は本当に圧巻だ。
「はい、先日に引き続き今日は刺繍ミシンの扱いについてです」
授業が始まると縫製の石川先生がそう言って刺繍ミシンの使い方をレクチャーしてくれた。刺繍ミシン……。一応UGにもあるけれど私はあまり使わない代物だ。はっきり言って刺繍ミシンの扱いは縫製というよりPCでのデザイン作業に近いのだ。刺繍データの作成。それが今回やる授業のメインだと思う。
それから私は縫製実技の班内で最初に刺繍ミシンを使わせて貰った。そしてミシンにデータ入力するとあっという間に私がデザインした荊棘柄の模様が布に刺繍された。かなり簡単だ。これといって難しいことはない。
「うわぁ。香澄ちゃんのそれめっちゃお洒落じゃん!」
私が刺繍枠(刺繍するときにミシンに布を固定する器具)を外していると同じ班の澪ちゃんにそう褒められた。澪ちゃんとは高校からの付き合いで絵に描いたような普通の友達だ。
「ありがとー。やってみると意外と簡単だね」
「そっか。じゃあ次は私がやるね」
澪ちゃんはそう言うと自身のデータをミシンに入力した。そして布をセットすると刺繍ミシンの開始ボタンを押した――。
午前中の授業はそんな感じで滞りなく終わった。そしてお昼休みになると千歳ちゃんが私の席にやってきた。
「かーすみん。屋上行こ」
彼女はそう言うと昼食の入ったコンビニ袋をわざとらしく胸元で揺らした。どうやら千歳ちゃんは屋上で昼食を食べるつもりらしい。
「そうだね。じゃあ屋上でお昼にしよっか」
「イエェーイ。じゃあすぐに行こ行こ」
千歳ちゃんはハイテンションに応えると子供みたいにその場で飛び跳ねた。やっぱりけっこうなウザさだ。悪い子じゃない。でも良い子かっていうと……。かなり疑問符が付くと思う。
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