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第三章 秋川千鶴の場合
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叔母さんと暮らし始める前の私と今の水原さんはよく似ていると思う。ある種の卑屈さと不屈さ。その両面を持っているところなんてそっくりだ。
だからなのだろう。私には彼女の一挙手一投足が癇に触った。発言の一つ一つに苛立たったし、細かな仕草一つに辟易した。
今思えばそれは彼女が悪いかったわけではないと思う。
私が悪い。過去の自身を受け止めず生きてきた私自身の責任……。そう認めざる得ない。
とどのつまり、私は自分の影を叩き続けてきたのだ。それこそ卑劣なやり方で。両親や当時の学友たちがそうであったように――。
「なぁ秋川さん、君の言うとおり君は多くの間違いをしたのかも知れない。でもそこから何も学ばなかったわけじゃないだろ? 僕だって子供の頃はよく間違ったものさ。それこそ貝一つ上手く割れなかった。何回も何回も石で叩いてようやく割れたと思ったら海に落としたりね……。そんな踏んだり蹴ったりなことばかりだったよ。まぁ……。今はその苦い経験のお陰で一発で割れるようになれたけれど」
ラッコの慰めは実にラッコらしかった。貝を割る。そして食べて命に変える。そんな単純明快な自然の摂理。
「はぁ……。あなたの言うことも分かるけど人間はそんなに単純じゃないのよ。善悪の判断だけじゃ生きていけないの。そこにはお互いの欲だったり見栄だったり……。そんな汚いものが必ずあるから」
私は吐き捨てるように言うと深いため息を吐いた。この街の空気の一パーセントはありそうな深いため息。
「かもね。僕らラッコは君らよりはきっと気楽なんだと思う。それは認めるよ。ラッコは敵がいなければこの上ないくらい幸福な生き物だからね……。僕らに比べれば人間は大変な生き物だと思うよ。だって君らは敵がいないと自分が正しいかどうかさえ分からなくなるんだろ?」
ラッコは一気に言うと「ふあぁぁあ」と今日一番の笑い声を上げた。そして「しゃべりすぎた。ごめんよ」と付け加える。
「いや……。いいよ。でも、そうね。確かに私たちは敵がいないとダメなのかもね。そうしないと自分が正しいかどうか分からなくなる」
ラッコの言うことはもっともだと思う。確かに私たちは他人と比べないと自分の立ち位置が分からなくなってしまうのだ。学校教育でさえ基本は右へ習えだ。前後左右。そのどれからもかけ離れた答えは不正解にさえなれないだろう。
「小難しい話は抜きにして君はもっと気楽に考えていいと思うよ。雪乃は自分で決めて仕事をやめるんだ。君のせいじゃない。まぁ……。可能であればたまにこの子のことを思い出してやって欲しいかな」
ラッコはそう言うとペコリと頭を下げた――。
だからなのだろう。私には彼女の一挙手一投足が癇に触った。発言の一つ一つに苛立たったし、細かな仕草一つに辟易した。
今思えばそれは彼女が悪いかったわけではないと思う。
私が悪い。過去の自身を受け止めず生きてきた私自身の責任……。そう認めざる得ない。
とどのつまり、私は自分の影を叩き続けてきたのだ。それこそ卑劣なやり方で。両親や当時の学友たちがそうであったように――。
「なぁ秋川さん、君の言うとおり君は多くの間違いをしたのかも知れない。でもそこから何も学ばなかったわけじゃないだろ? 僕だって子供の頃はよく間違ったものさ。それこそ貝一つ上手く割れなかった。何回も何回も石で叩いてようやく割れたと思ったら海に落としたりね……。そんな踏んだり蹴ったりなことばかりだったよ。まぁ……。今はその苦い経験のお陰で一発で割れるようになれたけれど」
ラッコの慰めは実にラッコらしかった。貝を割る。そして食べて命に変える。そんな単純明快な自然の摂理。
「はぁ……。あなたの言うことも分かるけど人間はそんなに単純じゃないのよ。善悪の判断だけじゃ生きていけないの。そこにはお互いの欲だったり見栄だったり……。そんな汚いものが必ずあるから」
私は吐き捨てるように言うと深いため息を吐いた。この街の空気の一パーセントはありそうな深いため息。
「かもね。僕らラッコは君らよりはきっと気楽なんだと思う。それは認めるよ。ラッコは敵がいなければこの上ないくらい幸福な生き物だからね……。僕らに比べれば人間は大変な生き物だと思うよ。だって君らは敵がいないと自分が正しいかどうかさえ分からなくなるんだろ?」
ラッコは一気に言うと「ふあぁぁあ」と今日一番の笑い声を上げた。そして「しゃべりすぎた。ごめんよ」と付け加える。
「いや……。いいよ。でも、そうね。確かに私たちは敵がいないとダメなのかもね。そうしないと自分が正しいかどうか分からなくなる」
ラッコの言うことはもっともだと思う。確かに私たちは他人と比べないと自分の立ち位置が分からなくなってしまうのだ。学校教育でさえ基本は右へ習えだ。前後左右。そのどれからもかけ離れた答えは不正解にさえなれないだろう。
「小難しい話は抜きにして君はもっと気楽に考えていいと思うよ。雪乃は自分で決めて仕事をやめるんだ。君のせいじゃない。まぁ……。可能であればたまにこの子のことを思い出してやって欲しいかな」
ラッコはそう言うとペコリと頭を下げた――。
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