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第三章 秋川千鶴の場合

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 ラッコは遠い目をしながらその口を開いた。街灯に反射して白い牙が光る。
「あれはね。僕が二度目の水族館を逃げ出したときだ……」
 そう言うとラッコは自身に襲いかかってきた奇妙な出来事について語り始めた。

 ライト文芸作家のラッコ潮田楽尾の話

 僕は海に浮かんでいた。おそらく鹿島灘付近だと思う。陸地には多くの煙突と金属的な質感の工場が立ち並んでいて、そこから地球を蝕む発癌性物質のような煙が出ていた。最高に空気が悪い。ここに居たら病気になりそうだ。
 そんな環境破壊の権化のような景色を横目に僕はひたすら泳いだ。前へ、前へ。それだけを考えて。
 身体に纏わり付く海水は非常に汚い。僕が生まれ育った北海とはまるで違う。嫌な匂いもする。魚だってほとんどいない。そんな場所だ。
 おそらくは人間たちがここまで海を汚したのだろう。そのことは容易に推測できた。友達のカワウソの言葉を借りれば人間はとても自分勝手で愚かな生き物なのだ。他の生き物のことなど知ったことではないのだろう。
 そんな愚痴っぽいことを考えながら僕はひたすら泳いだ。向かう先は江ノ島。友達のカワウソの居る場所だ。
 彼女は無事あちらに着いただろうか? そして新しい水族館で可愛がられているだろうか? もう人気者になっただろうか? 彼女のことを考えると自然と色々な疑問が浮かんだ。どれも前向きな疑問だ。きっとあちらでも上手くやっている。その前提となる疑問。
 僕はバシャバシャと水しぶきを上げながら前に進んだ。そうこうしていると陸地の景色も工業地帯から漁村に変わった。こぢんまりとした街だ。多くの漁船が港に停泊し、漁師たちが捕ってきた魚を水揚げしている。
 お腹が空いたな。ふとそんなことを思った。思えば水族館を出てからろくに食事をしていない。
 そろそろ狩りをしよう。そうしなければ飢えてしまう。そんな野性時代に毎日感じていたことを久しぶりに思った。
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