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第三章 秋川千鶴の場合

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 ラッコは自身を『ラッコ』と名乗った。彼(どうやらオスらしい)の話を信じるなら文芸作家をしているらしい。井の頭公園近くの貯水池に作家を生業にしているラッコがいる。まるでファンタジーみたいな話だ。
「雪乃は僕の友達なんだ」
 そう言うとラッコは水原さんの髪を撫でた。残念ながら水原さんの意識はもうない。ここに着いてすぐに眠ってしまったのだ。さすがにこんな場所で眠るのはどうかと思うけれど。
「そうなんだ」
 私はごくつまらなく返答した。家族が親戚の話題を出したときにするリアクション。それに近いと思う。
「うん。この子はすごく素直な子なんだ。小さい頃から僕に懐いてくれてね。そうだね……。だいたい一五年くらいの付き合いかな」
 一五年。確か水原さんのの年齢は二五歳だから小学生の頃からの付き合いってことか。と私は小学生の算数のように計算をした。特に意味は無い。
「そんな昔からの付き合いなのね」
「そうだね。僕がここに来て五年目くらいだったかな? あの頃の雪乃の身体は今よりもずっと小さかった。僕の身体と大差なかったからね」
「まぁ小学生だしね」
「そうそう。ま、それから二年くらいですっかり追い越されたけどね」
 そう言うとラッコは「ふわぁぁ」という奇妙な笑い声を上げた。そして毛繕いでもするように前足で脇腹を掻いた。本当に獣の動きのそれだ。日本語を話さなければ普通のラッコだと思う。
「ねぇ? ちょっと聞いてもいいかしら?」
「何だい?」
「気を悪くしたらごめんなさいね。どうして話せるのかなぁって……」
 私は最初に思ったことをストレートに彼にぶつけた。これ以上の疑問はないと思う。どうして作家をしているだとか、なぜ東京に住んでいるだとかはそれに比べれば些細なことだと思う。
「ああ……。そうだよね。普通はそれが気になるよね」
 ラッコは苦笑いのような表情を浮かべた。
「うん。失礼を承知で言うけど普通のラッコはしゃべらないと思うの」
「ふわぁぁ。そりゃそうだ。ふわぁぁ」
 ラッコは私の質問が余程面白かったのか、例の奇妙な笑いを何回も繰り返した。
「ふむ。じゃあどこから話そうかなぁ」
 ラッコは勿体ぶりながら自身の頬を擦ると「うん」と言って話し始めた。
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