50 / 70
第三章 秋川千鶴の場合
21
しおりを挟む
朝礼を終えると水原さんと二人で会議室へ向かった。
「すいません。お時間取らせて」
水原さんは神妙そうに言うと頭を下げた。
「いいよ。で? どうしたの?」
私は内心、水原さんとの話をさっさと切り上げたかった。心の中は相変わらず荒みきっているし、これ以上嫌な気分になりたくはない。
「実は……。あの、退職したいんです」
「へ?」
水原さんの単刀直入な申し出に思わず変な声が出る。
「ずっと考えてたんです。それで昨日一日考えて決めました。すいません……。急すぎましたよね」
「いや……。まぁ。そうね……。急ね」
水原さんの言葉には明らかな覚悟が籠もっていた。それは決して「この場所が嫌だから逃げたい」というネガティブな覚悟ではないと思う。水原さんは続ける。
「もう辞めるので正直に言います。私ってこの仕事向いてないんですよね。デザインだってそんなに上手くないし、企画書一枚まともに書けないんです。プレゼンだって苦手ですしね」
「うん。まぁ、そうね」
私は彼女の言葉を失礼なぐらい肯定した。まさか自覚があるとは思わなかった。そんな感心さえ覚える。
「でも頑張りたかったんです。ドジでマヌケだけどちゃんと仕事覚えたかった……。秋川さん覚えてますか? 私の仕事? 真夏に新宿駅前でプラカード持って一日中立ち続けたこともありました。逆に冬に乾きやすい下着のアピールのために冷水に下着を漬けまくったこともありました。笑っちゃいますよね。今考えるとこれって完全にイジメだと思います。でもね……。私は頑張りたかったんです。秋川さんに認めて欲しかった」
「う、うん」
私は完全に気圧されていた。ただ鈍感でマヌケな女だと思っていたけれど、彼女も傷ついていたのだ。今こうして話を聞くまでそれを理解していなかった。――いや、見ないふりをしていた。
でも……。そこまで吐露する水原さんの目には怒りの感情は籠もっていなかった。あくまで淡々と。あった事実を告げているだけ。
「ずっとお世話になってきました。会社からお給料も頂きました。そのお陰で推し活もできました。でも……。もう無理です。私は私のやりたいように生きたい。ただ生きるだけなんてもう嫌なんです」
そこまで話すと水原さんの目から涙が溢れ出した。感情の絞りかすのような涙だ。
彼女の涙を見ながら私は思った。ああ、私は何をどう間違ったのだろう? と。
鈍くさくて役立たずな水原さんが一番私を慕ってくれていた。そんな残酷な真実を突きつけられた気分だ。
「すいません。お時間取らせて」
水原さんは神妙そうに言うと頭を下げた。
「いいよ。で? どうしたの?」
私は内心、水原さんとの話をさっさと切り上げたかった。心の中は相変わらず荒みきっているし、これ以上嫌な気分になりたくはない。
「実は……。あの、退職したいんです」
「へ?」
水原さんの単刀直入な申し出に思わず変な声が出る。
「ずっと考えてたんです。それで昨日一日考えて決めました。すいません……。急すぎましたよね」
「いや……。まぁ。そうね……。急ね」
水原さんの言葉には明らかな覚悟が籠もっていた。それは決して「この場所が嫌だから逃げたい」というネガティブな覚悟ではないと思う。水原さんは続ける。
「もう辞めるので正直に言います。私ってこの仕事向いてないんですよね。デザインだってそんなに上手くないし、企画書一枚まともに書けないんです。プレゼンだって苦手ですしね」
「うん。まぁ、そうね」
私は彼女の言葉を失礼なぐらい肯定した。まさか自覚があるとは思わなかった。そんな感心さえ覚える。
「でも頑張りたかったんです。ドジでマヌケだけどちゃんと仕事覚えたかった……。秋川さん覚えてますか? 私の仕事? 真夏に新宿駅前でプラカード持って一日中立ち続けたこともありました。逆に冬に乾きやすい下着のアピールのために冷水に下着を漬けまくったこともありました。笑っちゃいますよね。今考えるとこれって完全にイジメだと思います。でもね……。私は頑張りたかったんです。秋川さんに認めて欲しかった」
「う、うん」
私は完全に気圧されていた。ただ鈍感でマヌケな女だと思っていたけれど、彼女も傷ついていたのだ。今こうして話を聞くまでそれを理解していなかった。――いや、見ないふりをしていた。
でも……。そこまで吐露する水原さんの目には怒りの感情は籠もっていなかった。あくまで淡々と。あった事実を告げているだけ。
「ずっとお世話になってきました。会社からお給料も頂きました。そのお陰で推し活もできました。でも……。もう無理です。私は私のやりたいように生きたい。ただ生きるだけなんてもう嫌なんです」
そこまで話すと水原さんの目から涙が溢れ出した。感情の絞りかすのような涙だ。
彼女の涙を見ながら私は思った。ああ、私は何をどう間違ったのだろう? と。
鈍くさくて役立たずな水原さんが一番私を慕ってくれていた。そんな残酷な真実を突きつけられた気分だ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる