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第三章 秋川千鶴の場合

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 翌日。天気は快晴だった。雲一つない。昨日の荒天が嘘のようだ。でも私の心は昨日よりずっと荒んでいた。山手線の車窓から見える朝日は私の目を容赦なく焼いた。眩しすぎる。目が潰れてしまいそうだ。
 こんなに気が滅入るのは何年ぶりだろう? 思えば両親のところに居た頃は毎日こんな感じだった気がする。鬱々とした日常。あの頃は真夜中に逃げ込むまで万力で締め上げられるような日々だった。
 当時を思い返すと気分が必要以上に不快になった。ドブを掘り起こしてわざわざ底なし沼を作っているような気分だ。自業自得。身から出た錆。泣きっ面に蜂……。いくらでも悲惨な慣用句が思いつく。それぐらいには悲劇的だ。
 でも……。ここまで来るともう喜劇かもしれない。そう思った。悲惨な状況も重なりすぎると可笑しく思えてくるのだ。昨日の広報部との一件だって私が一人で大騒ぎしただけではないだろうか?
 及川さんの件だってそうだ。彼女は年上の先輩に気を使っていただけで、私が勝手に彼女に好かれていると勘違いしていたのではないだろうか?
 そう考えると妙に辻褄が合うような気がした。整合性の取れた事実。そんな感覚だ――。

 会社に着くとエレベーターホールに水原さんの姿を見かけた。そして彼女は私に気がつくと「おはようございます」と挨拶してきた。いつも通りの元気な挨拶だ。
「あの……。秋川さん。朝礼の後、少し時間いただけませんか?」
 エレベーターホールで待っているとふいに水原さんにそう言われた。
「え? うん。いいよ。何か相談事?」
「はい。どうしても今日話しておきたいことがありまして……」
 水原さんはそう言うと真っ直ぐに私の目を覗き込んだ。綺麗な目だ。一昨日までの彼女とは明らかに違う。
「分かった。じゃあ朝礼終わったら会議室で聞くよ」
 私がそう言うと同時にエレベーターが降りてきた。相変わらずワイヤーの擦れる音が聞こえた。
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