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第三章 秋川千鶴の場合
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それから私はトイレの個室に籠もって便器に突っ伏した。そして声にならない声で泣いた。悔しい。堪えきれないほど悔しい。そんな思いがこみ上げてくる。
私がそんな風にうなだれていると同じ部署の後輩がトイレに入ってきた。声の感じから察するに一人は及川さんらしい。
「でさぁ。彼氏が記念日すっぽかして友達と遊び行っちゃったんだよ? ありえなくない?」
及川さんはそう言うとこの世の全てを呪うようなため息を吐いた。
「マジで!? 私だったらぶん殴るわ」
「ほんとだよー。だからあいつから謝ってくるまで絶対に連絡しない」
どうやら彼氏の愚痴をこぼしているらしい。及川さんの彼氏……。少し興味がある。彼女は一体どんな男と付き合っているのだろう?
「つーかぁ。チヅ戻ってこないねー」
ふいに後輩に私の名前が呼ばれた。思わず身体がビクッと反応する。
「ああ、また何かやらかしたじゃん? ほら、あの人トラブル起こしがちだし」
「言えてるー。偉そうなこと言う癖にマジトラブルメーカーだよねー」
「うん。ほんとに……。あと雪乃のこと目の敵にしてるからさぁ。マジで仕事に私情入れないで欲しいよね。昨日なんか雪乃にマネキン運び一人でやらせたんだよ? 正直引いたわ」
『正直引いたわ』及川さんは確かにそう言った。一瞬、何を言われたか理解できなかった。私は水原さんのできる仕事を考えて振っただけだ。それをなんでこんな風に言われてしまうのだろう。
「あーあ、マジでチズ居なくなってくんないかなー。したら仕事だいぶ気楽になるのに」
「それな。ま、一応上司だから顔は立てないとだけどね」
「及川はいいよー。チヅはあんたのこと好きだからさぁ。私なんかあいつのパシリだよ? 扱いが雪乃と大差ないって」
会話を聞きながら私は耳に手を当てていた。もう聞きたくない。これ以上聞いたら心がおかしくなる。
でも……。私は決定的な言葉を聞いてしまった。
「アハハ、まぁね。でも私だって好きでゴマすりしてるわけじゃないよ? だってあのババア本当に面倒じゃん? モテない腹いせで男嫌いだしさ。ま、可哀想な人なんだよ。マジでさ」
及川さんはスラスラと私に対する罵詈雑言を吐いた。それは呼吸と大差ないくらい自然で不気味に感じるほどだ。
私はいよいよトイレの個室から出られなくなった。このままここで死んだ方がマシかもしれない。そんな自殺願望にも似た考えが浮かんだ。
それからしばらくして彼女たちはトイレから出て行った。静寂が訪れる。
静寂を壊すように私は便器に向かって声を出して泣いた。もう全部壊れてしまえばいい。
私の信じていた世界なんて最初からなかったのだから――。
私がそんな風にうなだれていると同じ部署の後輩がトイレに入ってきた。声の感じから察するに一人は及川さんらしい。
「でさぁ。彼氏が記念日すっぽかして友達と遊び行っちゃったんだよ? ありえなくない?」
及川さんはそう言うとこの世の全てを呪うようなため息を吐いた。
「マジで!? 私だったらぶん殴るわ」
「ほんとだよー。だからあいつから謝ってくるまで絶対に連絡しない」
どうやら彼氏の愚痴をこぼしているらしい。及川さんの彼氏……。少し興味がある。彼女は一体どんな男と付き合っているのだろう?
「つーかぁ。チヅ戻ってこないねー」
ふいに後輩に私の名前が呼ばれた。思わず身体がビクッと反応する。
「ああ、また何かやらかしたじゃん? ほら、あの人トラブル起こしがちだし」
「言えてるー。偉そうなこと言う癖にマジトラブルメーカーだよねー」
「うん。ほんとに……。あと雪乃のこと目の敵にしてるからさぁ。マジで仕事に私情入れないで欲しいよね。昨日なんか雪乃にマネキン運び一人でやらせたんだよ? 正直引いたわ」
『正直引いたわ』及川さんは確かにそう言った。一瞬、何を言われたか理解できなかった。私は水原さんのできる仕事を考えて振っただけだ。それをなんでこんな風に言われてしまうのだろう。
「あーあ、マジでチズ居なくなってくんないかなー。したら仕事だいぶ気楽になるのに」
「それな。ま、一応上司だから顔は立てないとだけどね」
「及川はいいよー。チヅはあんたのこと好きだからさぁ。私なんかあいつのパシリだよ? 扱いが雪乃と大差ないって」
会話を聞きながら私は耳に手を当てていた。もう聞きたくない。これ以上聞いたら心がおかしくなる。
でも……。私は決定的な言葉を聞いてしまった。
「アハハ、まぁね。でも私だって好きでゴマすりしてるわけじゃないよ? だってあのババア本当に面倒じゃん? モテない腹いせで男嫌いだしさ。ま、可哀想な人なんだよ。マジでさ」
及川さんはスラスラと私に対する罵詈雑言を吐いた。それは呼吸と大差ないくらい自然で不気味に感じるほどだ。
私はいよいよトイレの個室から出られなくなった。このままここで死んだ方がマシかもしれない。そんな自殺願望にも似た考えが浮かんだ。
それからしばらくして彼女たちはトイレから出て行った。静寂が訪れる。
静寂を壊すように私は便器に向かって声を出して泣いた。もう全部壊れてしまえばいい。
私の信じていた世界なんて最初からなかったのだから――。
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