井の頭第三貯水池のラッコ

海獺屋ぼの

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第三章 秋川千鶴の場合

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 広報部は企画部の真上にあった。だから構造上間取りは全く同じだ。下手したら机の配置まで同じかもしれない。空調設備の吐き出し口からダストシュートまで全部同じ。そんなクローンみたいな空間……。
「失礼します」
 私は広報部のドアを開けると担当者を探した。左から右へ。広報部内を見渡す。
「秋川さん。どうもどうも」
 少しすると担当の田辺さんがやってきた。針のように尖った短髪。縁なし眼鏡。そして無精髭……。女性下着メーカーの広報部には似つかわしくない。そんな男だ。
「お疲れ様です。お忙しいすいません」
「いえいえ。じゃああっちでやりましょう」
 田辺さんはそう言うと商談室を指さした。白いパーティションだけで区切られた簡易的な空間。
「そういえば再来週の展示会のDMそろそろ上がります?」
 私は緩衝材代わりのような話題を彼に振った。
「そうですね。一応、役員会の承認待ちです。……まぁ、前回と構成自体は同じなのでおそらく問題ないと思いますよ」
 田辺さんはそこまで言うと「まぁいつものことです」と付け加えた。きっと彼も分かっているのだ。この話題に大した意味はないと――。 
 商談室に入ると世界から隔絶されたような気分になった。普段は道路を走っている車が整備工場に入る。その感覚に近いと思う。
「コーヒーでいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
 田辺さんは私に確認を取るとすぐにコーヒーを煎れてくれた。かなり手慣れている。おそらく彼は普段からこうして広報部の窓口になっているのだろう。
「企画部はどうですか? 展示会の準備大変でしょう?」
「うーん……。今は八〇パーくらいの進捗ですね。あとは細かい作業だけです。企画の骨組みは終わってるので」
「それはそれは。お疲れ様です。こちらもDMと当日配るパンフの印刷が上がればとりあえずって感じですね」
「お互いこの時期は大変ですよね」
「まったくです。僕個人としてはこの時期は好きになれません……。あ、今のはオフレコでお願いします」
 そう言うと田辺さんは大げさな手振りで人さび指を口の前に立てた。
 パーティションの向こう側から雑音のように話し声が聞こえる。内容から察するに印刷所から入稿原稿の不備の連絡があったようだ。
「それで? 今日はどういったご用件で?」
 私が企画部の会話に聞き耳を立てていると田辺さんにそう聞かれた。
「実は……」
 私は今朝届いた新聞を彼に差し出した。さぁ、決戦開始だ。
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