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第三章 秋川千鶴の場合
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「秋川主任おはようございます。今お時間大丈夫ですか?」
朝礼が終わると後輩の及川さんに呼び止められた。
「大丈夫よ。どうしたの?」
「すいません。実は先日お話しした新しいヌーブラのデザイン出来たんです」
そう言うと彼女はA4サイズの茶封筒を私に差し出した。封筒の表には『新商品原案在中』と書かれている。
「そう。分かったわ。じゃあちょっと預からせてね」
「はい、よろしくお願いします! ……。自信作なので商品化したいんですよね」
「フフフ、そうね。いい案だったら上に上げてみるわ。あなたはアイデア豊富だから助かるよ」
後輩を褒めるのは気持ちが良い。これだけで職場での空気は良くなるし良いことずくめだ。本当は文句なんて言いたくはないのだ。みんながみんな優秀でやる気に満ちあふれていれば良いのに。本気でそう思う。
それから私は及川さんから預かったヌーブラのラフ画に目を通した。正直言って見た目ばかりで実用性はない。でもそのラフ画は彼女の熱意で溢れていた。良いモノを作り上げたい。そんな熱意。
やはり私の後任は彼女か……。ふとそんなことを思った。このままのキャリアコースなら私が次の課長になるしそれが妥当だろう。企画部第一課の将来は悪くない。素直にそう思った――。
朝礼後のルーティンはある程度決まっている。部下に指示を出してメールチェックする。簡単な作業だ。おそらく誰だって出来る。
ただし一つだけ面倒ごとがあった。一生懸命で使えない部下への指示。具体的には水原さんへの仕事の割り振り……。きっと彼女には悪気がないのだ。一生懸命だし、なんなら他の社員よりも真面目だと思う。でも……。はっきり言って使えないのだ。
もし彼女が愛されるタイプのボンクラならまだ救いもあっただろう。でも残念ながら彼女はただただボンクラなのだ。浮いた存在、勤勉な無能。そんな害悪そのものみたいな女――。だから自然と他の社員も彼女を避けるようになったのだと思う。関わりたくない。私も含めてそう思っているはずだ。
そんな頭痛の種も含めた朝のルーティンが終わった頃、広報部の担当者から電話が掛かってきた。
『どうもどうも秋川主任。お疲れ様です。ご連絡頂いたみたいで……』
「お疲れ様です。お忙しい中すいません。今から軽くミーティングしたいんですが大丈夫です?」
『今からは……。ええ、大丈夫ですよ。一一時から来客ですがそれまでは空いてます』
「ありがとうございます。ではこちらから出向きますね」
『分かりました。ではお待ちしております』
そう言うと彼は電話を切った。心なしか受話器を置く音が耳に響く。
おそらく担当者は『やれやれまた面倒ごとなんだろうな。関わりたくない』と思っているはずだ。それは彼の取り繕った口調から察することができた。気持ちは分かる。私だって面倒ごとは嫌いだ。
でも生きる上で避けて通れない面倒ごとは必ず存在するのだ。残念ながらそれは真実だし、その真実から逃げては生きていけないと思う。
それから私は大きく深呼吸して立ち上がった。申し訳ないが、彼に面倒な思いをして貰おうと思う。
朝礼が終わると後輩の及川さんに呼び止められた。
「大丈夫よ。どうしたの?」
「すいません。実は先日お話しした新しいヌーブラのデザイン出来たんです」
そう言うと彼女はA4サイズの茶封筒を私に差し出した。封筒の表には『新商品原案在中』と書かれている。
「そう。分かったわ。じゃあちょっと預からせてね」
「はい、よろしくお願いします! ……。自信作なので商品化したいんですよね」
「フフフ、そうね。いい案だったら上に上げてみるわ。あなたはアイデア豊富だから助かるよ」
後輩を褒めるのは気持ちが良い。これだけで職場での空気は良くなるし良いことずくめだ。本当は文句なんて言いたくはないのだ。みんながみんな優秀でやる気に満ちあふれていれば良いのに。本気でそう思う。
それから私は及川さんから預かったヌーブラのラフ画に目を通した。正直言って見た目ばかりで実用性はない。でもそのラフ画は彼女の熱意で溢れていた。良いモノを作り上げたい。そんな熱意。
やはり私の後任は彼女か……。ふとそんなことを思った。このままのキャリアコースなら私が次の課長になるしそれが妥当だろう。企画部第一課の将来は悪くない。素直にそう思った――。
朝礼後のルーティンはある程度決まっている。部下に指示を出してメールチェックする。簡単な作業だ。おそらく誰だって出来る。
ただし一つだけ面倒ごとがあった。一生懸命で使えない部下への指示。具体的には水原さんへの仕事の割り振り……。きっと彼女には悪気がないのだ。一生懸命だし、なんなら他の社員よりも真面目だと思う。でも……。はっきり言って使えないのだ。
もし彼女が愛されるタイプのボンクラならまだ救いもあっただろう。でも残念ながら彼女はただただボンクラなのだ。浮いた存在、勤勉な無能。そんな害悪そのものみたいな女――。だから自然と他の社員も彼女を避けるようになったのだと思う。関わりたくない。私も含めてそう思っているはずだ。
そんな頭痛の種も含めた朝のルーティンが終わった頃、広報部の担当者から電話が掛かってきた。
『どうもどうも秋川主任。お疲れ様です。ご連絡頂いたみたいで……』
「お疲れ様です。お忙しい中すいません。今から軽くミーティングしたいんですが大丈夫です?」
『今からは……。ええ、大丈夫ですよ。一一時から来客ですがそれまでは空いてます』
「ありがとうございます。ではこちらから出向きますね」
『分かりました。ではお待ちしております』
そう言うと彼は電話を切った。心なしか受話器を置く音が耳に響く。
おそらく担当者は『やれやれまた面倒ごとなんだろうな。関わりたくない』と思っているはずだ。それは彼の取り繕った口調から察することができた。気持ちは分かる。私だって面倒ごとは嫌いだ。
でも生きる上で避けて通れない面倒ごとは必ず存在するのだ。残念ながらそれは真実だし、その真実から逃げては生きていけないと思う。
それから私は大きく深呼吸して立ち上がった。申し訳ないが、彼に面倒な思いをして貰おうと思う。
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