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第二章 菱沼浩之の場合

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「人の命と心に関わる商売は金になる」
 と彼女はよく言っていた。
「特に心はいいね。あれ以上に儲かるものはない」
 とも。
 そんな人が師匠だったから、僕自身も人の心を金儲けの道具として考えるようになった。心は最も原価率が低い商材なのだから――。

 吉祥寺駅前。僕にとってそこが一日で一番長い時間を過ごす場所だ。駅から出てきた人間をターゲットにして流れ作業的にポケットティッシュを渡す。ここはそんな単純作業をする場所なのだ。
 ポケットティッシュの裏には『裸眼より気持ちいい付け心地! OKコンタクト』と書かれていた。裸眼より気持ちいいとかもう意味不明だけれど、まぁ、広告なんてこんなものだと思う。
 言い得て妙だけれど僕はかなり熟練されたティッシュの配り手だった。差し出したティッシュは打率七割強で配れる。これは驚異の打率だ。野球の打者ならほとんどの場合塁に出られるはずだ。ティッシュ配り界のエリート……。いや、ここら辺でやめておこう。これ以上言うと惨めな気持ちになる。
 でも僕にとってこの派遣のティッシュ配りは大切な収入源なのだ。家賃と本業の商売道具の購入費はこの仕事で稼いでいるわけだし、決して馬鹿には出来ないと思う。(職に清貧なんてないしティッシュ配りは素晴らしい職業だと僕は自負している)
「ありゃ? 菱沼さんもう配り終わったんすか?」
「うん。まぁ、一〇〇〇ぐらいはすぐだよ」
「うへぇー。やっぱすごいっすね!」
 新人アルバイトの矢頭くんは感心したように言うと空になった段ボールをまじまじと覗き込んだ。
「慣れだよ。慣れ。矢頭くんだってすぐに配れるようになると思うよ」
「そういうもんすかね……」
 矢頭くんはそう言って納得していないような表情を浮かべた。まぁ、無理もないだろう。こう言ってはなんだけれど、一〇〇〇個のポケットティッシュをこれだけ早く配りきれるアルバイトはそうはいないのだ。
「じゃあ僕は次の分の貰ってくるよ」
「うっす」
 今日はあと一〇〇〇ぐらいかな? そんなことを思いながら僕は補充のポケットティッシュを取りに行った――。
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