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第一章 水原雪乃の場合
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午前中の仕事は完全に肉体労働だった。倉庫から台車に乗せてマネキンを運び出す。そんな単純作業だ。一回に台車に乗るのはせいぜい五体。秋川さんの指示書にはマネキン五〇体と書いてあるので単純に一〇往復しなければいけない。なかなかの重労働だ。明日には筋肉痛必至だと思う。
でも私はこの手の仕事の方が気楽だった。他人と協力して何かを成し遂げるよりも淡々と何かする方が性に合っている。性分的に人と変わるのは苦手なのだ。同僚がラッコだったらいいのにと思うほどに。
備品倉庫は一階で会議室は八階。そしてエレベーターは一基。その事実だけが今回のネックだ。エレベーターを使うのは私だけではないのだ。別部署の人間との奪い合いになる。(特に営業部の社員は備品倉庫をよく使うのだ)
そしてそんな私の予感は案の定的中した。営業部とのエレベーター争奪戦。こうなっては必死にボタンを押すしかない。
ああ、こんなことなら早朝出勤してやればよかった……。そんなどうしようもないことを思った。エレベーターホールでマネキンを乗せた台車で突っ立っているだけの時間が最高に無駄だと思う。
午前中の仕事はそんな感じだった。スーツのスカートはシワだらけになり、額には汗が滲んでいる。ふと見た会議室のガラスに化粧が溶け出した女の顔が映っていた。控えめに言って酷い顔だ。私が採用担当ならこんな女は即刻不採用にすると思う……。
そんなこんなで備品類を会議室に運び終えたのは午後一時半だった。同じ部署の同僚たちはもう昼食を済ませて午後の仕事を再開していると思う。さすがにお腹が空いた。急いで昼食を食べてしまおう。
それから私は大急ぎで自社ビル前のコンビニに向かった。そしてツナマヨおにぎりとお茶のペットボトルを買って会議室に戻った。簡単な食事。炭水化物とカテキン緑茶。それだけあれば夕方までは頑張れると思う。
「あれ? 一人で食ってんのかぁ?」
私が会議室の隅っこでおにぎりを食べていると経理部の部長が顔を覗かせた。
「はい。すいません。会議の準備してたらこんな時間になっちゃって……」
「そうかそうか。ちょっとお邪魔するよ」
そう言うと部長は会議室奥のキャビネットを開けて何冊かファイルと取り出した。
「すごい量のマネキンだね」
「ええ、まぁ」
「もしかして君一人で全部運んだの?」
「ええ、まぁ」
私は「ええ、まぁ」とボイスレコーダーのように同じトーンで繰り返した。正直あまり話したくはない。
「ずいぶんと無理したんじゃないの? まったく……」
「大丈夫ですよ。企画部も人手足りないのでいつもこんなだし」
「そうかい? まぁ無理はしないほうがいいよ」
「ありがとうございます……」
サッサと資料を持って出て行ってくれ。私は昨日の推しの配信の録音を聴きたいんだ。苦笑いを浮かべながらそんなことを考えていた。
これだから理解あるフリをしたオッサンは嫌いだ。女が一人で力仕事やってるからって私が可哀想に見えたのだろうか? 違う。そうではないのだ。私にとっての可哀想は部署のみんなと一緒に昼食を食べながら互いに褒めたり貶したりするあの空間のほうだ。本気でそう思う。
「まぁ、あんまり無理しないで」
そう言うと経理部長は会議室から出て行った。私は軽く会釈をして彼を見送った――。
昼食のおにぎりと推しの録音。それが私の疲労感を軽減してくれた。幸い秋川さんも他の同僚も会議室に私の様子を見には来ない。まぁ当然だろう。彼女たちにとって私は異質で関わりたくないない女なのだ。わざわざ自分たちの花園からやってきて「ちゃんとやってる?」なんてしないと思う。
休憩を終えると私は自分の頬を両手のひらで軽く叩いた。さて、五〇体のマネキンに下着を着せなければ。
でも私はこの手の仕事の方が気楽だった。他人と協力して何かを成し遂げるよりも淡々と何かする方が性に合っている。性分的に人と変わるのは苦手なのだ。同僚がラッコだったらいいのにと思うほどに。
備品倉庫は一階で会議室は八階。そしてエレベーターは一基。その事実だけが今回のネックだ。エレベーターを使うのは私だけではないのだ。別部署の人間との奪い合いになる。(特に営業部の社員は備品倉庫をよく使うのだ)
そしてそんな私の予感は案の定的中した。営業部とのエレベーター争奪戦。こうなっては必死にボタンを押すしかない。
ああ、こんなことなら早朝出勤してやればよかった……。そんなどうしようもないことを思った。エレベーターホールでマネキンを乗せた台車で突っ立っているだけの時間が最高に無駄だと思う。
午前中の仕事はそんな感じだった。スーツのスカートはシワだらけになり、額には汗が滲んでいる。ふと見た会議室のガラスに化粧が溶け出した女の顔が映っていた。控えめに言って酷い顔だ。私が採用担当ならこんな女は即刻不採用にすると思う……。
そんなこんなで備品類を会議室に運び終えたのは午後一時半だった。同じ部署の同僚たちはもう昼食を済ませて午後の仕事を再開していると思う。さすがにお腹が空いた。急いで昼食を食べてしまおう。
それから私は大急ぎで自社ビル前のコンビニに向かった。そしてツナマヨおにぎりとお茶のペットボトルを買って会議室に戻った。簡単な食事。炭水化物とカテキン緑茶。それだけあれば夕方までは頑張れると思う。
「あれ? 一人で食ってんのかぁ?」
私が会議室の隅っこでおにぎりを食べていると経理部の部長が顔を覗かせた。
「はい。すいません。会議の準備してたらこんな時間になっちゃって……」
「そうかそうか。ちょっとお邪魔するよ」
そう言うと部長は会議室奥のキャビネットを開けて何冊かファイルと取り出した。
「すごい量のマネキンだね」
「ええ、まぁ」
「もしかして君一人で全部運んだの?」
「ええ、まぁ」
私は「ええ、まぁ」とボイスレコーダーのように同じトーンで繰り返した。正直あまり話したくはない。
「ずいぶんと無理したんじゃないの? まったく……」
「大丈夫ですよ。企画部も人手足りないのでいつもこんなだし」
「そうかい? まぁ無理はしないほうがいいよ」
「ありがとうございます……」
サッサと資料を持って出て行ってくれ。私は昨日の推しの配信の録音を聴きたいんだ。苦笑いを浮かべながらそんなことを考えていた。
これだから理解あるフリをしたオッサンは嫌いだ。女が一人で力仕事やってるからって私が可哀想に見えたのだろうか? 違う。そうではないのだ。私にとっての可哀想は部署のみんなと一緒に昼食を食べながら互いに褒めたり貶したりするあの空間のほうだ。本気でそう思う。
「まぁ、あんまり無理しないで」
そう言うと経理部長は会議室から出て行った。私は軽く会釈をして彼を見送った――。
昼食のおにぎりと推しの録音。それが私の疲労感を軽減してくれた。幸い秋川さんも他の同僚も会議室に私の様子を見には来ない。まぁ当然だろう。彼女たちにとって私は異質で関わりたくないない女なのだ。わざわざ自分たちの花園からやってきて「ちゃんとやってる?」なんてしないと思う。
休憩を終えると私は自分の頬を両手のひらで軽く叩いた。さて、五〇体のマネキンに下着を着せなければ。
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