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DISK2

第四十六話 血染めのアフロディーテ

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 俺たちのメジャーデビューが決まった。ウラとジュンは対応に追われている。

 俺も仕事の合間に片手間で手伝った。(本当に手伝い程度だが)

 季節はすっかり春になっていた。

 この前まで蕾だった桜の街路樹も淡い桜色になっている――。

 そして4月――。

 俺たちはバンド結成5周年を無事迎えることが出来た。


 結成5周年を迎えた。俺たちはウラの家に集まって祝賀会をしていた。

 まだ7時過ぎだというのにみんなデキ上がっている。アルコールの魔力。

「かんぱーい!! いやーなんだかんだでもう5年っすよ!! 松田先輩!」

 ウラは酔っ払いながら俺に抱きついてきた。

「馬鹿! 止めろ!」

「エヘヘへ、大志君はウブだなー。いやー、めでたいね! こうやって約束通りメジャーデビューも決まったしさー。もう私、大志に足向けて寝れないよ!」

 ウラは上機嫌に言って、缶酎ハイを飲み干した。

 完全なる酔っ払いだ。

「本当に無事デビュー決まって良かったよ! 大志のお陰だねー」

 珍しくジュンもほろ酔い気分で俺に肩を回してきた。

 七星は酒は飲んではいない。しかし素面とは思えないテンションだ。

「ほんと皆さんすごいっすよ! ほんとほんとおめでとうございます!」

「ありがとう七星! あんたにも世話掛けたねー! 口うるさいこと言ったのに頑張ってくれてサンキューね!」

 珍しくウラは七星を褒めて彼の頭を力強く撫でた。

「あー、暑い! 飲み過ぎたー」

「おい! お前大丈夫か?」

 ウラは酒を飲み過ぎたようで笑いながらぐったりしている。

「ちょっと外の風に当たってくるー。ね! 大志も行こうよ!」

 彼女はそう言うと俺の手を強引に引いた。

 酔っ払いの女とは思えないような腕力。

 外に出ると風が冷たかった。4月とはいえまだ肌寒い。

 俺は千鳥足のウラを支えるようにして近くにある公園のベンチに座らせた。

 街灯の薄明かりの中でも彼女の明るんだ顔はよく見えた。

 彼女は頬を赤く染め、半笑いしていた。

 半笑いしながら時々「エヘヘへ」という姿は完全に理性が飛んでいるように見える。

「お前少しはセーブしろよな! 嬉しいのは分かるけど……」

「だってさー。嬉しーんだよー。こうやってみんな揃ってデビューできたし、大志もずぅーとずぅーと約束覚えててくれたぁー」

 ウラはそう言いながらベンチで寝転んだ。

「運が良かったよなー。あとお前の頑張りが認められたんだと思う……。西浦さんだってお前のことすっかり気に入ったみたいだしさ」

 俺はまるで他人事のように言った。本当に自分のことじゃないみたいだ。

「なぁに? 大志だってあっちこっち手を尽くしてくれたじゃんよー」

 ウラは不思議そうに言って寝たまま俺の方を見つめた。

 こうしてみるとウラはやはり童顔だ。

「俺は何もしてねーよ……。本当に何もしてねー。お前とジュン、あと七星が頑張ったのが大きかったんだと思う。俺はな、仕事に追われてお前たちにあんまり協力も出来なかっただろ? だから……」

「そんなことない!!」

 俺の話を遮るようにウラは声を上げてベンチから立ち上がった。

「そんなことあるわけないじゃん! 私がね、こうやって立ち直って運良くメジャーデビュー出来たのは大志のお陰なんだよ! ジュンも七星も私は大事だけど……。私は大志が1番好きだし大事なんだ!」

「お前……」

「だからそんな風に言わないで! 私にとって1番大切な人にそんなこと言われたらもう……。私……」

 ウラはそこまで言うと俺に抱きついてきた。

 抱きしめられた彼女の体温は酒のせいかかなり熱い。

「わかったから、自虐的なこと言わねーから落ち着け!」

「だから本当に、ありがとう……。こんなに私の気持ちに応えてくれる人なんて今まで1人も居なかった。こんなろくでもない私を守ってくれる人なんて誰も……」

 ウラは俺にしがみついて離れようとはしなかった。

 もう既に酔っ払って言っているのか、本心なのかよく分からない。

「まぁとにかく無事デビュー決まって良かったよ。俺も約束が守れて嬉しい」

「うん……」

「でもこれからだぞ? むしろこれからが大変なんだ! 気合い入れていかねーとな」

 俺の言葉を聞いたウラは首を縦に振った。たぶん伝わったんだと思う。

「ねえ大志……。怖くてずっと言えなかった事があるんだ」

「また何かやらかしたのか? 今更何聞いたって驚かねーけど……」

 ウラは俺の返答を聞いて「フフフフ」と笑いを堪えるような笑い方をした。

「あのね……。認めたくないと思ってたし、認めたらなくしちゃいそうだったんだよね。妹にもみんなにも言われてたんだけどずっと否定してきた。でもね、どうやらみんなの読みは当たってたらしい。本当に認めたくないんだけどさ!」

「話が見えねーな? 何だよ?」

「あーもー、じれったい! だからさ! 私はずっと前から! もう何時からかも分からない頃からずっと、ずぅーと!」

 ウラは息を吸い込んで黙り込んだ。一瞬公園内の時間が停止する。

「私は大志のことが好きなんだよ! 好きで好きでしょうがないんだ!」

 俺はウラの告白で心臓が止まるほど絶句した。

 そして急に体中の血液がすごい勢いで流れ始めたのを感じた。

「な……。なんだよ。本当に今更だな……」

 俺はそれしか言えなかった。

 同じだったのだ。俺も認めたくないと思っていた。ずっと大切だと思っていた。互いに愛情を友情と差し替えてきたのだ。

 本当に無くしたくないモノは遠くに置いておく。近くにあれば失うことになるから……。

「だよね? 今更だよ! なんでもっと早く気づけなかったんだろ? 意味わかんない! こんなクソビッチのクセになんで純情ぶったんだろうね。マジでクソウケル」

 ウラは言葉こそ汚いが純粋そうにそう言って恥ずかしそうに笑った。

「……。なぁウラ実は俺も……」

「楽しそうやな」

 異物が混入した。俺の後ろから夜の魔物の声が聞こえた。

 そして腰に鈍い痛みが走る。

 ウラの叫び声が響き渡る。

 俺はゆっくりと意識を失った――。
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