上 下
31 / 50
DISK2

第三十話 反撃の狼煙

しおりを挟む
「おぉー、大志君! 久しぶりやなー。今日は急に呼び出して悪い!」

 健次さんはいつも通りのテンションで俺を出迎えてくれた。

「いいっすよ! こっちこそ連絡もろくにしないで申し訳ないっす」

「いやいや、大志君の立場やったら俺には連絡でけへんやろ? あのアホのこともあるしな……。ウラちゃんは元気しとるか?」

「ええ、あいつは元気してますよ! なんかイメチェンとか言って髪色を黒にした以外は特に変わりないです」

 健次さんにはウラの手の状態は伝えなかった。

 伝えたところでどうしようもないし、余計な心配を掛けるだけだ。

「へー! あの子、黒髪にしたんか! そりゃ見てみたいなー。初めてあの子に会ってからずっとあのこファンキーやったから違和感すごそうやけどねー」

 健次さんは感慨深そうにそう言う。そして楽しそうに笑った。

 彼はこれまでと何ら変わりなく俺に接してくれた。

 誰かさんと違って彼は大人なのだ。

「それで? 今日はどうしたんすか? 何か用事でも?」

「いやな……。少し前にあった君らのライブでウラちゃんのギター壊れてもうたやろ? せやかな……」

 健次さんは黒いギターケースを取り出して俺に差し出した。

 ケースはずっしり重い。

「これは……」

 俺はケースのファスナーを開いくとギターのヘッドが顔を覗かせる。

 ファスナーを全開にして中身を取り出す。

 そこにあったのは真っ赤なYAMAHAのSG……。

 そのギターは以前ウラが使用していた物と同じモデルだった。

 ウラが使っていた物と比べると若干古さは感じる。

「健次さんこれ……?」

「そやで! ウラちゃんの持ってるのと同じSGや! 実はずっと前に買い直したもんなんやけど、使わんでしまったままになっててな! 大志君! それウラちゃんに渡してやってほしいんやけど!」

 健次さんはそう言って俺を拝むように掌を合わせた。

「いや……。むしろありがたいっすけど……。いいんすか? 大事なギターなんじゃ?」

「かまへんよ! こいつもたーだケースにしまわれとるままより、弾いて貰った方がええに決まっとる! それにな……。俺がウラちゃんにしてやれることなんてくれくらいしかないねん!」

 健次さんはウラに対して、思いやりや後悔があったのかもしれない。

 板挟みになり結果的に間違った相手を擁護してしまったことへの後悔が……。

 彼の言葉の端々にはそんな意味合いが込められているように聞こえた――。

 結局、俺は健次さんからSGを預かった。

 はたしてウラは喜ぶだろうか?


 翌日。俺はウラの家を訪ねた。

 俺が訪ねたときウラは洗濯の真っ最中で、部屋に柔軟剤の匂いが充満している。

「そっか……。健次さん変わりなかった?」

「んー……。変わりないっちゃないけど、ちょっと痩せたようにも感じたんだよなー。気苦労もあるだろうし、あの人だってそんなに若くねーからなー」

 俺はキッチンにある換気扇を回してタバコに火を付けた。

「しばらく健次さんとも話してなかったから心配してたんだー。まぁそんなに変わってないみたいで良かったよ」

 ウラは洗濯物の皺を伸ばしながら俺の方を見て笑った。

 満面の笑みというわけでは無い。

 どちらかと言えば安心したような笑顔だ。

「それでよ……。健次さんから預かったものがあるんだ」

 俺は預かってきたギターをウラに差し出した。

 彼女は洗濯の手を止めるととベランダから室内に戻る。

「なーに? 見た感じギターみたいだけどさ?」

「開けてみ」

 ウラはギターケースを受け取るとファスナーを開いた。

 ネックを掴みSGを持ち上げるとウラの瞳の色が変わった。

 まるで猫のように黒目の部分が大きくなったように見える。

「ななな!? なんで!? これ私のSGじゃんよ!」

 ウラは興奮しながらギターを手に取るとネックの剃りを確認するようにギターを持ち上げてた。

「それ、健次さんが昔買ったギターらしいんだ。なんか、あんまり使わねーからお前にやるとさ」

「えぇー!? そんな、悪いよー! 健次さんに連絡しなきゃ! 貰うわけにいかないよ! こんな大事な物! え!? ほんとなんで……。健次さん!?」

「いいから落ち着け!」

 ウラの慌てっぷりは尋常ではなかった。

 さっきは熟練された主婦のように洗濯物を淡々と干していたというのに……。

 ウラは大事そうにギターを抱えると弦を軽く撫でた。

 まるで幼子がクリスマスプレゼントを開けるように嬉しそうに見える。

「健次さんはお前に悪いことしたって思ってるみてーだな……。あの人は別に悪くはねーんだけど、月子さんがあんなだから彼なりに複雑な気持ちなんだろうけどよ……」

「……。こっちこそ『アフロディーテ』のみんなには迷惑掛けたのに……」

 ウラはそう言いながら大事そうにSGを抱きしめた。

「一応な……。お前の腕の状態は健次さんには言わなかったよ。心配掛けてもしょうがねーし、それにお前の腕意外と早く治るかもしんねーしさ」

「うん! ありがとう大志! 絶対ギター復帰すっから!!」

 『バービナ』が絶体絶命なのは変わらない。

 それでも不思議と助けてくれる人は確実に増えていた。

 これはウラの人柄なのか、それとも彼女の天性の運なのか?

 どちらにしても、こいつと居るとどんな困難も超えていける気がした……。

 そして転機は思わぬ方向からやってくるものだ。

 予想の遙か斜め上から――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた

月夜野繭
ライト文芸
――きみと出逢ったのは、遠い夏の日―― 東京の会社を辞めて、祖母の骨董店を継いだ透のもとを訪ねてきたのは、ちょっと不思議な女の子。 彼女は売り物の古いフォトフレームを指さして、その中に入っていたはずの写真を探していると言う。色褪せた写真に隠された、少女の秘密とは……。 なぜか記憶から消えてしまった、十五年前の夏休み。初恋の幼馴染みと同じ名を持つ少女とともに、失われた思い出を探す喪失と再生の物語です。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。 そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。 しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。 アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。 カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。 「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」 「そんな変な男は忘れましょう」 一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

奴隷市場

北きつね
ライト文芸
 国が少子高齢化対策の目玉として打ち出した政策が奴隷制度の導入だ。  狂った制度である事は間違いないのだが、高齢者が自分を介護させる為に、奴隷を購入する。奴隷も、介護が終われば開放される事になる。そして、住む場所やうまくすれば財産も手に入る。  男は、奴隷市場で1人の少女と出会った。  家族を無くし、親戚からは疎まれて、学校ではいじめに有っていた少女。  男は、少女に惹かれる。入札するなと言われていた、少女に男は入札した。  徐々に明らかになっていく、二人の因果。そして、その先に待ち受けていた事とは・・・。  二人が得た物は、そして失った物は?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...