上 下
23 / 50
DISK2

第二十二話 百輪の華

しおりを挟む
 吉野さんと会った日の数日後。

 俺は真木さんからとある誘いを受けた。

「松田先輩! 昨日ウラちゃんには話したんですけど、一緒に札幌行きませんか? あの娘も行きたがってましたし」

 真木さんは珍しくテンション高めだった。

「は!? 札幌って……。なんで北海道に?」

「私の実家って北海道なんですよー! それでうちのお姉ちゃんが札幌でイベント企画関係の仕事してまして……。ウラちゃんに今度やるイベントに出てもらおーって話になったんです!」

 またウラは勝手に話を進めたらしい。

 不可抗力だが、ウラは今最高に暇している。

 だから、真木さんの誘いを断るわけがないのだ。

「あのよー真木さん。俺だってそんなに暇じゃねーんだぞ? この前、有休使ったばっかりなのにそんな休んでらんねーよ」

「そっかー。そうですよね……。松田先輩忙しいですもんねー」

「つーか、真木さんだってそんな休んでられねーだろ? ウラ以外はスケジュール思い通りにならねーんじゃねーか?」

「私はどうにかなりますよ? 部長にも話したらどうにか有休もらえそうですし!」

「……。ウラはどうしても行きたいって?」

 俺は恐る恐る真木さんに尋ねた。

 『アフロディーテ』の一件があって以来、俺たちはすっかり干されている。

 ウラも怪我はだいぶ良くなったようだが、肝心の音楽活動はほぼ休止状態だ。

「ウラちゃんは絶対行くそうです! どんなチャンスでも逃したくないって本人は言ってました」

「そうか……。ちっと待ってろ! 上とスケジュール掛け合ってくっから」

 俺は上司に掛け合ってどうにか休みの都合をつけた。

 その代わり、戻ったら休日返上でやる羽目になってしまったが……。


 そんなこんなで俺はウラと一緒に札幌の羊ケ丘展望台までやってきた。

 ウラはすっかり元気を取り戻して観光気分でクラーク像を眺めていた。

「えーと……。ぼーいずびーあんびしゃす? これ有名だよね!」

「ああ、クラーク博士は北海道開拓に力を注いだ農学者で有名だよな! 『少年よ大志を抱け』って名言残してるしな」

「だよねー。高校中退の私でさえ知ってるんだからかんなり有名人じゃん! ねえ大志少年?」

 ウラはそう言って笑った。

「……。もう少年って歳じゃねーけどな。それよかウラよー。明日のイベントの準備大丈夫なのか?」

「大丈夫だよー! 百華さんと打ち合わせちゃんとしたしさ! 今回はバックバンドもちゃんと用意してくれてるみたいだよー。私はヴォーカルに専念するだけだから楽ちんだ」

 今回ウラは札幌市内での対バンイベントに呼ばれていた。

 業界内でのウラはそれなりに有名人だったようで、ぜひ参加してほしいという話になったらしい。

「さすがに北海道ならツッキーの息も掛かってないし、障害物なしにイベント参加決まってラッキーだったよ! 東京と関西では今んとこウチら活動禁止だからすんごい助かる!」

 俺たちは一通り観光を楽しむと百華さんのいるイベント会場へと向かった。

「百華さーん! 戻りました!」

「おかえりなさーい! 京極さん札幌はどうだった?」

「うん! すごく満喫しちゃいました! ほんと今回呼んでもらってよかったです!」

「ウフフ……。それならよかった。こちらこそありがとうね。京極さんも松田さんも千賀子とも仲良くしてくれてるみたいだし!」

「いえいえ! 千賀子マジいい奴だし、友達になれてよかったよ!」

 ウラは嬉しそうにしている。

 こんなに浮かれているウラを見るのはずいぶんと久しぶりだ。

「百華さん? そう言えば真木さん……。いや、千賀子ちゃんは?」

「ああ、あの子は今地元の友達んとこいってるよー。めったにこっち帰って来ないからねー。ホームシック気味だったみたいでねー」

 一緒の飛行機で来た真木さんは気が付けば、どこかに行ってしまった。

 百華さん曰く、地元の友達と遊びに行ったらしい。

「2人とももうちょっとまっててね! ミーティング終わったら一緒にご飯でも行こう」

 そう言うと、百華さんはスタッフたちとのミーティングに出掛けていった。

「大志さー。百華さんてあんまり千賀子に似てないよねー。千賀子はなんか素朴な感じだけど、百華さんはけっこう垢抜けてる気がするしさー」

「お前もそう思ったか? 全然似てない姉妹だよなー」

「だよな!? なんか姉妹っぽくないんだよねー。性格も全然違うしさー」

「……。確かにそう思うけど、お前が言えた義理か?」

「う……。それを言われると……」

 真木姉妹はかなり対照的な姉妹だった。

 妹は鈍くさくて生真面目な性格で姉は垢抜けていてしっかりした性格だと思う。

 知らされなければ姉妹には見えないかもしれない。

 もっとも、京極姉妹も似たようなものだが……。

 ウラは会場のステージの上を檻の中ライオンのようにうろうろしながら考え事をしていた。

 おそらくイメージトレーニングをしているのだろう。

「お前は落ち着きがねーなー」

「いやいや、イメトレ大事だよ? やっぱお客さん喜んでもらうためには色々考えなきゃねー。月子さんだっていつも……」

 そこまで話してウラは口を噤んで苦笑いをした。

「ハハハ……。ったく! いつまであの人の背中追ってんだよ私……」

「しゃーねーよ! お前ずっと『アフロディーテ』と一緒にやってきたんだから急に気持ち切り替えらんえーって」

 やはりウラはまだ『アフロディーテ』と完全には決別出来てはいない。

 啖呵を切って辞めたとはいえ、ウラにとって鴨川月子が恩人であることに変わりないのだ。

 それからしばらくウラはイメージトレーニングをした。

 俺は彼女に何が出来るのだろうか?

 そんな思考が頭に浮かんだ。

 それでも……。俺はやりきるつもりでいる。

 ウラを何が何でもメジャーデビューさせるのだ――。
しおりを挟む

処理中です...