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DISK1

第五話 Fly high

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 ウラと甲府に行った翌日、俺は上司に呼び出された。

「松田、悪いんだが明日。豊島商会まで出張行ってもらえないか?」

「え? 豊島ですか? 別に構いませんけど何かありました?」

「実はなぁ、技術部の若い子が設計した基盤に不良が発覚してな! 先方は相当カンカンなんだ。すまんがその技術部の子と一緒に豊島に詫びを入れてきてほしい。お前も知ってると思うけど、豊島はウチではかなり大手の得意先だからなぁ。どうにか丸くおさめてきてもらいたい。お前はそう言う事に関して得意だろ?」

「了解です……。じゃあ概要、教えてもらってもいいっすか?」

 豊島商会。俺の会社が電装部品を納品してる得意先だ。

 主にカーナビや車載オーディオを作っているメーカーで、以前、俺が営業担当していた会社だった。

 上司の話では、担当技術者の設計ミスが原因でプログラムがうまく機能しなかったらしい。

 先方は静岡県内に本社と自社工場があり、そこから全国に製品を出荷していた。

 俺は上司から概要を聞いて、先方にどう話をするかを頭の中で組み立てる。

 すんなり片付くか不安もあるけど、まぁどうにかなるだろう……。

 翌朝。俺は技術部の社員と待ち合わせしている品川駅へと向かった。

「松田先輩ですね! この度はすいません。技術部の真木千賀子です!」

 待ち合わせ場所には先に担当者が到着していた。見たところ、俺より3、4歳は若く見える。

 彼女は紺色のスーツ姿で縁のない地味なメガネをかけていた。

 真面目で勤勉そうな雰囲気で、イマドキの女子という雰囲気ではない。

「初めまして……。でいいのかな? 真木さん今日はよろしくね。先方には俺から話すからあんまり気負いしないでいいよ。つーか技術屋ならあんまり話すの得意じゃねーだろ?」

「初めまして……。正直あんまり得意じゃないです。本当にごめんなさい!」

「オーケー! じゃあ行くか」

 真木さんは大きなキャリングケースを引き釣りながら俺に着いてくる。

 彼女は見るからに鈍臭そうで、営業には不向きに見えた。

 良く言えば真面目。悪く言えば融通が利かなそうだ。

 俺たちは新幹線に乗り込むと自分たちの指定席を探して座る。

 俺は窓側、真木さんは通路側だ。

「松田先輩は豊島さんのこと良く知ってるんですか?」

「前に担当してたらからなー。ある程度は知ってるよ。今の担当が出張中だから代行で俺が行く事になったのはそのせいだと思うよ?」

「そうなんですね……。本当にすいません……。私鈍臭いし、こんなミスしたばっかりに営業さんにご迷惑を……」

 彼女はそう言って冷や汗をかいている。手を見ると小刻みに震えているようだ。

「ねえ真木さん? 本当に気にしないでいいからな! 俺だって仕事でミスする事あるし、人間だからそれはしゃーねーよ! 真面目にやって失敗したなら仕方ないし。それに真木さん相当上司に絞られたんだろ? 俺にまで気を使わねーでいいよ」

 俺がそう言うと真木さんは目を潤ませて「ありがとうございます」と言った。

 おそらく彼女は技術部の上司に相当絞られたのだろう。

 彼女の言葉の端々からそんな雰囲気が伝わってくる。

 たしかに豊島商会への納品でミスをすれば大事になっても仕方ない。

 あちらは俺たちの会社を切ってもさほど困らないし、仮に豊島の受注が無くなれば俺たちの会社は大ダメージを受けてしまうだろう。

「泣くなよ! 泣いて解決するわけでもねーんだ。今回は俺が収めてやるから問題ねーよ!」

 新幹線は神奈川を抜けて静岡に向かって走っていった。

 それにしても先週は山梨、今週は静岡とは中々忙しい。

 数日のうちに富士山を逆方向から見るというのは妙な気分だ。

 電車で移動中、真木さんは真剣に今回納品した商品の資料に目を通していた。

 真面目なことこの上ない。俺は見る気もしないけれど……。

 彼女には申し訳ないと思ったが、俺は仮眠をとることにした。

 どうも電車で揺られると眠気に襲われた。

 静岡までまだ時間はあるし多少は寝ても問題ないだろう……。

 ウトウトしていると、一昨日ウラと出かけた日の事を思い出した。

 結局、あの日ウラは養子縁組の話を一切しなかった。

 彼女は自身の祖父母、叔父叔母の話はある程度話してくれたが、挨拶をしただけだと言っていた。

 もしかしたら本当にそうなのかもしれないけれど、真相はウラにしか分らない。

 俺はウラに対して不信感を持たずにはいられなかった。

 いつものウラは、どんなことでも話してくれるし隠し事もしたりしない。

 なのになぜだろう?

 彼女は自身の家族の話を俺にしようとはしなかった。

 俺は内心苛立っていた。

 ウラに対してもそうだが、それ以上にウラを責めている自分が嫌になった。

 別に俺とウラは恋人同士でもないし、ただのバンドメンバーのはずだ。

 なのに俺はウラが隠し事していると知っただけで酷く動揺している。

 まるで独占欲のようだ。と俺は思った。

 静岡に着くと駅でタクシーを拾って豊島商会へ向かう。

 タクシー移動中。真木さんは今にも死にそうだった。

 よほど緊張しているらしく、青い顔をしている。

 そんなに考え込まなくても良いのに……。

 俺はまるで他人事のようだった。

 実際、他人事だし、仮に怒鳴り散らされたとしても何とかなると思う。

 そう考えると俺はやっぱり鈍感なのかもしれない……。


 やはり真木さんの不安は杞憂だった。

 先方の担当者は話が分かる人物で、こちらの不備を謝り、改善策を伝えると快く承諾してくれた。

 幸い、今後の取引にも影響はでなそうだ。

 俺たちは豊島商会を出るとすぐに上司に連絡した。

「……。というわけで上手く話つきましたので……」

『そうか! やっぱり松田はこういう時頼りになるよ! まぁなんだ……。旅費余ってたらうまいもんでも食ってこい! あと、うなぎパイ買ってこいよー』

 今回は珍しく、上司も俺を褒めてくれた。

 そしてうなぎパイを催促される。(交通費しか貰っていないから実費)

 まぁ、俺じゃなくても今回の問題を解決できた気もするけれど……。

「ほんとぉーにありがとうございました。これでクビにならずに済みます!!」

 真木さんは帰りのタクシーの中で、俺に縋るようにそう言って嬉しそうに笑った。

「本当によかったなぁ、内心俺もヒヤヒヤしたけど先方話が分かる人で良かったよ」

「あの、松田先輩! せめてものお礼に御飯でもご馳走させてください!」

「いいって! 仕事なんだから……」

「それじゃ私の気持ちが済みませんからどうか!!」

 どうも真木さんは義理堅いらしい。頑なにお礼がしたいようだ。

 俺は諦めて、彼女の厚意に甘えることにした。

 本当は女子の後輩に奢られるのは心外だが……。

 それから俺たちは静岡駅前の日本料理店で昼食を食べることにした。

「さぁ、松田先輩好きなものじゃんじゃん頼んじゃってください!」

「そんな気使うなよ。でもせっかくだからうまいものでも食ってくか!」

 俺と真木さんはお互いに海鮮丼を頼んだ。

 案件が終わったせいか、真木さんは観光でもするようにウキウキしている。

「松田先輩のこと入社当時から良く知ってるんですよ! 先輩、背大きくて頼り甲斐ありそうだし、営業成績もいいじゃないですか!」

「褒めてもなにもでねーぞ? 真木さんは去年入社だっけ?」

「そうです! 専門学校出てすぐ就職しました!」

「専門卒か……。つーことはまだ若ーよな?」

「えーと、今21です! 2年間が学校行って電子機器の製造勉強してきたんですよね」

 21歳ということはウラと同い年か……。

 同じ21歳でもいろんな人間がいるものだ。当たり前だが。

「そっか、俺は普通に文系の四大卒だよ! 技術畑じゃないから電子機器の製造は真木の方が詳しいんじゃないかな?」



 彼女は自身の話を色々と聞かせてくれた。

 不安が無くなると意外と話すタイプのようだ。

 地元の北海道の話や趣味の話の話をする彼女は年相応の女の子に見えた。

「松田先輩は趣味とかありますか?」

「趣味っていうか……。副業っていうか……。バンドはやってるよ」

 それを聞くと真木さんは目を見開いて俺の方に身を乗り出してきた。

「えー!? 松田先輩バンドマンだったんですか? 知らなかった! 意外です!」

「だって社内ではこんな話しねーもん! 部長にバレたら何言われるか……」

「たしかに……。営業部長はそこらへん理解ないですもんね。バンド始めて長いんですか?」

「もうかれこれ4年になるかな。俺がまだ大学1年の頃からだからなぁ」

「すごいです! どんなバンドか気になります……」

 俺は自身のバンドについて彼女に簡単に説明した。

 どんなジャンルで、どんなメンバーと、どんな活動をしているかについて。

「ヴォーカルが女の人なんですね! そしてベースの人は幼なじみで……。なんかいいですね! 私もそんな風に楽しいことしたいなぁ」

「俺もさ、本当は大学四年終わったら地元で適当な会社に就職するつもりだったんだ。でも3年前にウチのヴォーカルがとんでもないこと言い出して……」

 俺は3年前の神奈川遠征ライブを思い返した。

 そう、あの日俺たちの運命は予想外の進路に舵をきったのだ。

 舵をとっていたのはもちろん『ヘカテー』だ。
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