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かぐや姫は月に帰りました 前編

聖子 添え膳食わぬは女の恥

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 不倫は犯罪です。
 当たり前の事を言います。
 これは民法第七○九条にも規定されています。

 私は過去数人の既婚者と関係を持っていた。
 そのほとんど……。いや全員がクズのような男たちだった。
 ある男はネットゲーム中毒で私のヒモ。
 ある男は異常性癖の持ち主。
 ある男はナンパ中毒者。
 ある男は……。
 もういいだろ!

 とにかく私と関係を持った既婚者たちは皆何かしら問題を抱えていたのだ。
 なぜかは分からない。
 もしかしたら私はそんな男たちを引き寄せる才能があるのかもしれない。
 そんな才能クソクラエダケド。

 そして今まさにそんな才能が発揮されていた。
 望むべくもなく……。

 その建物の外観は夢の国のようだった。
 入り口には噴水があり、取って付けたようなキューピットの石像が真ん中に置かれている。
「泉さんさー。くっつきたくない?」
「いいよ」
 やれやれだ。
 また変態の性欲処理が始まる。
 伊瀬さんは事もあろうに公用車でその建物に入って行った。
 みんな大好きな三時間休憩室。
 ご存じラブホテルだ。
「いいの? 早く署に戻らないと怪しまれるよ?」
「いいって! どうせバレやしないよ。加瀬君だって今日は署に居ないし」
 そう言うと伊瀬さんは慣れた調子で狭い駐車場に車を停めた……。
 何時からだろう?
 私と伊瀬さんは不倫関係になっていた。
 署の連中には少し怪しまれている気がする。
「一○三号室空いてるなー」
「ああ、あのジャグジーのある部屋?」
「そそ、やっぱり前戯はあそこが良いと思う」
 前戯……。
 ああ、本当に嫌になる。
「そこでいいよ」
 私は特に感慨も無くそう答えた。

 前戯。
 本番。
 終了。

 当たり前のように私たちは行為を終えた。
 勤務時間中にこんな事していると知られたらさすがに懲戒免職物だと思う。
「あー、やっぱ泉さんが一番だなー」
「あーね」
 伊瀬さんは普段は厳しいがヤル前とヤッタ後は優しい。
 私と伊瀬さんは裸のまましばらくベッドで横になっていた。
 ずっと休みがないのでさすがに休憩したい。
 そしてこの男には求刑したい。
「そういえば、この前の被害者の子供どうすんだ?」
「……。とりあえず実家で預かって貰えるか交渉中だよ」
「そっか……」
 伊瀬さんはそれだけ言うとタバコに火を付けて頭をボリボリ掻いた。
 彼としては被害者の身内をあまり預かって欲しくはないのだろう。
「とりあえず、一旦預かるよ。で、親戚当たって引取先探す感じにするつもり」
「ま、それしかねーよな……。京極大輔の娘さんには伝えたのか?」
 ルナちゃん……。
 ヒカリ君の数少ない身内の一人だ。
「まだだよ」
「一応言っといた方が良いと思うぞ? いつまでも泉さんちで預かる訳にもいかねーだろ?」
 私は彼の言葉に応えるように肯いた。
 イエスでもノーでもない肯き。
「でもさー。ルナちゃんまだ二○歳そこそこの女の子なんだよ! いきなり親の不倫相手の子供預かれるとは思えないんだよねー」
 私の言葉に伊瀬さんは深いため息を吐いた。
 どうやら文句があるらしい。
「はぁ……。だからお前は甘いんだよ! いいか! 俺たちの仕事はちゃんと捜査して事実を明らかにして犯罪者を捕まえるだけだ! それ以上でもそれ以下でもない」
「んなこたーわかってるよ! でもさ……」
 でも……。それ以上なにも言葉が出てこない。
「とにかく! 被害者の身内には片っ端から連絡しろよな? でねーとそのガキも施設送り確定だ!」
 本当に嫌な男だ。
 仕事では尊敬出来るけれどこの考え方だけは賛同しかねる。
「わぁーたよ! とりあえずルナちゃん以外の身内から当たっていくから!」

 行為が終わった後、私たちは署に戻るため車を走らせた。
 伊瀬さんは機嫌が悪い。
 私も気に入らなかったので何もしゃべらなかった。
 この男に天罰を……。そんな事を考えていた……。

 不倫は犯罪なのだ。
 そう考えると私は前科何犯だろう?
 捜査権限のある地方公務員として底辺ではないだろうか?

 とにかくヒカリ君の事はちゃんと考えてあげなくてはいけないと思う。
 子供に罪は無いのだから……。
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