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ウサギとカメのデットヒート

聖子 風が吹けば葬儀屋が儲かる

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私は京極さんを連れて、彼女の父親が発見された犬吠埼へと向かった。
 移動中も彼女はメソメソしたりせず、ずっと穏やかなままだ。
 まだ若いのに落ち着いている。
 必要以上に落ち着いている。
 私の若い頃は(まだ二九だけれど)もっとちゃらんぽらんだった。
 それを思い返すと少し恥ずかしくさえ思う。
 犬吠埼に着くと彼女を案内して遺体の発見現場へと向かった。
「ここだよ!」
 私は彼女の父親が発見された場所を指した。
 京極さんの手を引いてその場所を目指す。
 砂浜を歩くと靴の裏に砂がこびり付き、砂特有の流動的な感覚が足の裏に伝わってくる。
「そうですか……。なんかこんな事言うと可笑しいんですけど……ここ良い場所ですね」
「え?」
「私の地元も海の近くなんです! そこに似ている気がします……。昔はよく父に連れられて海に行ってたので……。懐かしいですね……」
 京極さんはそう言うと真っ赤になった両手に息を吹きかけた。
「そっか……。慰めになるか分からないけど、お父さん穏やかな顔で見つかったんだよ! きっと最期の時も安らかに逝けたんだと思う……」
 私の放った言葉が寒空に吸い込まれていく。
 無用な気遣いだったのかもしれない……。
 それでも彼女はニッコリ笑って「ありがとうございます」と応えてくれた……。
「それにしても寒いよねー。ちょっと温かい物でも飲んでこうか? ほら! 灯台の前の売店行けばコーヒーくらいはあると思うしさ!」
 犬吠埼灯台の前にはくたびれた売店が軒を連ねていた。
 私も仕事をサボる時はよく利用している。
 せっかくだし今日は京極さんを出汁に使ってサボろうと思う。
 クソ性格悪い気もするけど……。
 灯台まで二人で歩く。残念なくらい観光客は居ない。
 売店もサッシが閉まっていて、あまり商売っ気がないようだ。
「ごめんくださーい!」
 私は売店のサッシを開けて中に声を掛けた。
 店内は土と灯油の臭いが混ざって変な臭いがした。
 あまり気持ちの良い臭いではない。
 私に気が付いたのか、ストーブの前で談笑している老夫婦がこちらに振り向いた。
「はい! いらっしゃいませぇ! あら、聖子ちゃんこんにちは!」
「おばちゃんこんちわ! 寒いねー。えーと、飲み物貰えるー? 私はコーヒーで……。京極さんはどうする?」
「じゃあ私は紅茶で!」
 私たちはコートを脱ぐと奥にあるテーブル席に座った。
「京極さん、タバコ吸ってもいいかな?」
「いいですよ」
 私は京極さんに断ると、愛タバコのメビウスに火を付けた。
「それにしても京極さんしっかりしてるよねー。なんでそんなにちゃんとしてるのか意味わかんないくらいだよ。あ! ごめん。褒め言葉だからね!」
 私が取り繕うようにそう言うと、京極さんはクスクスと笑った。
 いちいち仕草が可愛い。
 私が男なら放っては置かないだろう……。
「そんなにはしっかりしてないですよー。しばらく一人で生活してきたから色んな事に慣れちゃっただけです! 泉さんこそ若いのに刑事さんやってるなんてすごいですよ!」
 京極さんに褒められて私は少し戸惑った。
 私はそんな大層な人間ではないのだ。
 刑事になったきっかけだってかなり歪んでいる。
 私は二○代前半では全く違う仕事をしていた。
 たまたま署長の目に留まって刑事に採用されてしまったのだ。
 そして……。幸か不幸かあの変態とコンビにされてしまった……。
 ショウジキ、クソウケル。
 紅茶とコーヒーが運ばれてきた。
 京極さんはお淑やかな仕草で紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 なんと美しい所作だろう……。いつまででも見ていられそうだ。
 それから彼女は色々な話を聞かせてくれた。
 京極さんの話だと私は彼女の双子の姉によく似ているらしい。
 お姉さん……。私なんかに似て可愛そうに……。
「ちょっと灯台見てきてもいいですか?」
「うん! いーよー。一緒に行く?」
「大丈夫ですよー。寒いですし、ちょっと中で待ってて下さい」
 そう言うと京極さんは灯台へと向かった。
 京極さんが灯台に行っている間、私はタバコとコーヒーを堪能した。
 サッシ越しに彼女が灯台の周りをゆっくり歩いて行く様子が見える――。
 私は久しぶりに一人の時間を満喫していた。
 ふと、伊瀬さんの事を思い返してしまう……。

 警察に入ってすぐに直属の上司になったのが伊瀬さんだった。
 マンツーマンでよく現場に出かけるコンビ。身長的には凸凹コンビだと思う。
 その度、馬車馬の如く使われた訳だが……。
「泉さんさー。ちゃんと書類作っとけって言っといたろうよー」
「え!? 言ってないっすよ! 誰に伝えたんすか?」
「えー!? 加瀬君に伝言お願いしといたんだけどなー。まぁいいや、今から作って午後イチであげて!」
 なんということでしょう。
 あの加瀬のクソガキの尻拭いをする羽目になってしまいました。
 ……と、伊瀬さんと仕事をしているとこんな事は日常茶飯事だった。
 基本的に彼は有能な刑事だけれど私の前では軽率な部分が多かった。
 こんな事が続けば彼自身破滅するかもしれない……。
 そういえば、あの時だって……。

 その日も急な呼び出しだった。
 どうやら彼は私に何か渡したいらしい。
「いいから来い!」
 彼は命令口調で私を呼びつける。
 アア、シネバイイノニ。
 口には出さないが、心の中でそう呟いた……。
 指定された場所は波﨑ウィンドパーク。
 茨城県と千葉県の境目にある大型の風力発電施設だ。
 そこには巨大な風車が鹿島灘の海岸線に何機も並んでいた。
 先に行かないとどやされてしまう。
 本当に殿様のような上司だ。
 シネバイイノニ。本日、二回目。
 予定時間を一○分ほど過ぎると伊瀬さんはやってきた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様! 泉さんの用事は無事済んだ?」
「済みましたよー! 伊瀬さんこれから戻るんですか?」
「俺は今日は直帰だから戻らないよー。代わりに署に持って行って貰いたい物があってさ」
 そう言うと彼は私に厳重に梱包ある茶封筒を渡してきた。
 持ってみるとずっしりと重い。
「なんすかこれ?」
「泉さんは知らなくていい物だよ。それ、ゆーさくに渡しといて」
「怪しいな~」
「絶対開けんなよ!」
 伊瀬さんは怖い顔になって私を小突いた。
 マジ面倒くさい。
「了解です。開けないで勇作さんに渡しときますよ。つーかそんな怖い顔しねーでもよくね?」
「お前が余計なこと詮索すっからだよ! そういうところがあるから……」
 また伊瀬さんの説教が始まった。
 私はいつものように右から左に聞き流す。
 真っ暗な事をしている悪徳警官のクセに私の行動にはケチを付けたがる。
 クソ面倒くさい。
「聞いてんの?」
「聞いてますよ。したらそろそろ署に戻りますね!」
「泉さんさー。引っ張った署長の顔も立ててやれよ。元々お前は……」
 もうウンザリだ。さっさと帰らせて欲しい……。
 
「泉さん! お待たせしました!」
 私がタバコに火を付けたまま考え事をしていると後ろから声を掛けられた。
「あ、ごめんごめん。京極さんおかえりなさい!」
「はい、ただいまです。遅くなってすいませんでしたー」
「ん? いーよー。大丈夫!」
 彼女が戻ってくると私はコーヒーの残りを飲み干した。
「じゃあ帰ろうか?」
「はい! よろしくお願いします!」
 私は立ち上がると彼女を茨城へと送っていった……。
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