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リバースアイデンティティー⑥

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 その夜、私は夢を見た。不思議な夢だ。理想と未来の夢――。

「亨一ちょっと聞いてー。繁樹がなぁ」
「どうしたの?」
 夢の中で私はだだっ広いステージの上にいた。観客は一人も居ない。私と亨一、ヒロと繁樹。その四人だけだ。
「ちょっと待てや! 今のはどっからどう考えてもお前の歌い方に問題あるやろ?」
 私の言葉を遮るように繁樹は文句を言った。
「はぁ? 何ゆーてんの? あんたが走りすぎるから悪いんやろ?」
 私も反論する。いつも通りの流れだ。
「なぁ亨一どう思う?」
「うーん……。そうだね……」
 亨一は実に面倒くさそうだ。口にこそしないけれど「どっちもどっちだよ」という言葉が聞こえてくる。
「問題あるんが逢子でも羽島くんでもかまへんけど、練習続けへん? 時間の無駄や」
 最悪だ。やはりヒロは空気が読めないらしい。いや、読む気がないだけだろうけれど。
「はぁ……。したらまた頭から行くで!」
 私は繁樹を睨むと再びマイクを握った――。
 夢の中の私たちはかなり歳を取っていた。おそらくは三〇代から四〇代くらいだろうか? 繁樹も亨一もすっかり中年で、繁樹に至っては少し生え際が後退しているように見える。
 鏡がないので分からないけれど、おそらく私も歳を取っていると思う。肌のハリや腹部の肉の付き方でそれは分かる。中年女性の肉体。母のそれに似た。
 やはりというかなんというか、ヒロだけは老けて見えなかった。いや、正確には幼さだけが取れたように見える。歳を取るというよりも幼さが消えて若さだけが残った。そんな印象だ。
 私はこの場所が夢の中だとはっきりと認識していた。俗に言う明晰夢というやつだと思う。だから目を覚まそうと思えば覚ませるはずだ。それぐらいには非現実な状況だし、これは私の理想なのだと思う。
 でも……。私はこの夢を楽しみたいと思った。眠っている間ぐらい現実逃避したって罰は当たらないだろう。四人で集まってライブをし、観客たちからの歓声を浴びることの何が悪いというのだろうか? そう疑問に思うくらいだ。
 夢の中の彼らは現実の彼らと何の遜色もなかった。繁樹の雑な感じもヒロのマイペースっぷりも、亨一の卒のなさも。その全てが現実のコピーのようだ。
 ふと、夢の中で腑に落ちるような感覚に襲われた。そうだ。そうなのだ。これが私の理想で、私が本来、進むべき道だった。メンバー四人で一緒にメジャデビューをはたして、一万人の観客の歓声を浴びる。そんなもう一つの未来。
 どうしてこの未来がなくなってしまったのだろう? そんな疑問が浮かんだ。私はただこの未来に進みたかっただけなのにどうして。そう思うと急に悲しくなった。自然と涙が零れ、世界に取り残されたような気分になった。誰もいない。砂漠のように砂だらけの世界に。
 夢とは便利で残酷なものだ。砂漠をイメージしたら夢は砂漠に変わっていた。幾億の砂が風に運ばれ、空には雲一つ無い空と地上を焼く太陽しかなかった。
 太陽なんて大嫌いだ。夢の中でそう叫んだ。声は砂に吸い取られ、残響さえ残らない。
 砂漠は「ここがお前の現実だ」と無理矢理突きつける。まるで「時計仕掛けのオレンジ」でルドヴィコ療法を受けるアレックス・デラージのようだと感じた。無理矢理、目を開けられ、残虐な映像を見せつけれる。そんなサディスティックな現実。
 私は砂漠の中で瞳を閉じた。そろそろ夢から覚めよう。覚めた先が砂漠だとしても歩くと決めたのだから。

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