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リバースアイデンティティー⑤
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炊き出しが終わるとグラウンドからは人が消えていった。ボランティアの人たちは洗い物をしている。そこには祭りの終わりのような空気が漂っていた。あの夏祭りの終わりの寂しい空気。
「よぉ」
体育館に戻ると繁樹と会った。彼の口の周りには髭が蓄えられ、実年齢より歳を取っているように見えた。
「よ! あんたも夕飯終わったんか?」
「ああ、食ったで!」
繁樹は相変わらずだ。特に優しくもないし、不機嫌でもない。
「そらよかったで」
「……。それよかお前。ベース持ってきたんか?」
「せやで。たまたま家でで見つけてな」
繁樹は呆れた様子で私のベースケースを見ていた。
「ま、ベース無事でよかったな。俺のギターはウチに置きっぱなしやけど、また練習したいなぁ」
「ほんまやね。落ち着いたら練習せんと……」
落ち着いたら……。言ってみて少し悲しくなる。いつ訪れるかも分からない平穏。それを言葉にするのは酷く虚しい。
それから私は自分のスペースに戻った。疲れていたのか、浩太郎は既に毛布に包まって眠りについていた。その横でヒロが何やらノートを開いている。
「お疲れ逢子」
「お疲れ。何しとるん?」
「新曲をな。書いとったんや。どうせしばらく学校もないし、これぐらいしかやることもないからな」
実にヒロらしい。マイペースで合理的だ。
「そうか……」
「逢子もベース持ってきたんやろ? 私もドラム練習せんとなぁ。二日も休んでもうたから」
ヒロはやはりヒロだ。素直にそう思う。この子は決して悩んだり折れたりしないのだ。ただまっすぐに突き進む。それだけ。それはとても純粋で子供のようだと思う。幼稚園で習ったあるべき姿の子供そのものだ。
「なぁヒロ? 明日あんたんちでセッションせーへん?」
気がつくとそんなことを口走っていた。非常事態に。しかも人が死んでいる状況で言うことでもないのに。
「ええで? 羽島くんも呼ぶか?」
ヒロはあまりにもあっけらかんと言い放った。まぁ……。そう返すであろうことは予想していた。それはある種のヒロに対する信頼だと思う。
私は一瞬考えるフリをした。答えは最初から決まっている。
「もちろん」
私はそう答えた。
「よぉ」
体育館に戻ると繁樹と会った。彼の口の周りには髭が蓄えられ、実年齢より歳を取っているように見えた。
「よ! あんたも夕飯終わったんか?」
「ああ、食ったで!」
繁樹は相変わらずだ。特に優しくもないし、不機嫌でもない。
「そらよかったで」
「……。それよかお前。ベース持ってきたんか?」
「せやで。たまたま家でで見つけてな」
繁樹は呆れた様子で私のベースケースを見ていた。
「ま、ベース無事でよかったな。俺のギターはウチに置きっぱなしやけど、また練習したいなぁ」
「ほんまやね。落ち着いたら練習せんと……」
落ち着いたら……。言ってみて少し悲しくなる。いつ訪れるかも分からない平穏。それを言葉にするのは酷く虚しい。
それから私は自分のスペースに戻った。疲れていたのか、浩太郎は既に毛布に包まって眠りについていた。その横でヒロが何やらノートを開いている。
「お疲れ逢子」
「お疲れ。何しとるん?」
「新曲をな。書いとったんや。どうせしばらく学校もないし、これぐらいしかやることもないからな」
実にヒロらしい。マイペースで合理的だ。
「そうか……」
「逢子もベース持ってきたんやろ? 私もドラム練習せんとなぁ。二日も休んでもうたから」
ヒロはやはりヒロだ。素直にそう思う。この子は決して悩んだり折れたりしないのだ。ただまっすぐに突き進む。それだけ。それはとても純粋で子供のようだと思う。幼稚園で習ったあるべき姿の子供そのものだ。
「なぁヒロ? 明日あんたんちでセッションせーへん?」
気がつくとそんなことを口走っていた。非常事態に。しかも人が死んでいる状況で言うことでもないのに。
「ええで? 羽島くんも呼ぶか?」
ヒロはあまりにもあっけらかんと言い放った。まぁ……。そう返すであろうことは予想していた。それはある種のヒロに対する信頼だと思う。
私は一瞬考えるフリをした。答えは最初から決まっている。
「もちろん」
私はそう答えた。
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