上 下
37 / 39

リバースアイデンティティー⑤

しおりを挟む
 炊き出しが終わるとグラウンドからは人が消えていった。ボランティアの人たちは洗い物をしている。そこには祭りの終わりのような空気が漂っていた。あの夏祭りの終わりの寂しい空気。
「よぉ」
 体育館に戻ると繁樹と会った。彼の口の周りには髭が蓄えられ、実年齢より歳を取っているように見えた。
「よ! あんたも夕飯終わったんか?」
「ああ、食ったで!」
 繁樹は相変わらずだ。特に優しくもないし、不機嫌でもない。
「そらよかったで」
「……。それよかお前。ベース持ってきたんか?」
「せやで。たまたま家でで見つけてな」
 繁樹は呆れた様子で私のベースケースを見ていた。
「ま、ベース無事でよかったな。俺のギターはウチに置きっぱなしやけど、また練習したいなぁ」
「ほんまやね。落ち着いたら練習せんと……」
 落ち着いたら……。言ってみて少し悲しくなる。いつ訪れるかも分からない平穏。それを言葉にするのは酷く虚しい。
 それから私は自分のスペースに戻った。疲れていたのか、浩太郎は既に毛布に包まって眠りについていた。その横でヒロが何やらノートを開いている。
「お疲れ逢子」
「お疲れ。何しとるん?」
「新曲をな。書いとったんや。どうせしばらく学校もないし、これぐらいしかやることもないからな」
 実にヒロらしい。マイペースで合理的だ。
「そうか……」
「逢子もベース持ってきたんやろ? 私もドラム練習せんとなぁ。二日も休んでもうたから」
 ヒロはやはりヒロだ。素直にそう思う。この子は決して悩んだり折れたりしないのだ。ただまっすぐに突き進む。それだけ。それはとても純粋で子供のようだと思う。幼稚園で習ったあるべき姿の子供そのものだ。
「なぁヒロ? 明日あんたんちでセッションせーへん?」
 気がつくとそんなことを口走っていた。非常事態に。しかも人が死んでいる状況で言うことでもないのに。
「ええで? 羽島くんも呼ぶか?」
 ヒロはあまりにもあっけらかんと言い放った。まぁ……。そう返すであろうことは予想していた。それはある種のヒロに対する信頼だと思う。
 私は一瞬考えるフリをした。答えは最初から決まっている。
「もちろん」
 私はそう答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

超草食系男子

朝焼け
青春
感想などありましたらどうぞお聞かせください。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...