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リバースアイデンティティー②
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「姉ちゃんうちどうなっとるかなぁ」
「せやな……」
病院からの帰り道。私と浩太郎はそんな話をしていた。
「見に行く?」
「うーん……。でもなぁ、危なくないか? それに行ったってゴミの山やと思うで」
「俺は行きたいなぁ。服もないし……」
そう言うと弟は破けてしまったジャージを掴んで見せた。控えめに言ってかなり見窄らしい。
「はぁ……。まぁええやろ。したら行くか? でも危なそうやっったらすぐ帰るで」
正直に言えばあまりあの場に戻りたくはなかった。日常の残骸を見たら気持ち悪くなりそうだし、母の血痕も残っているかもしれない……。
改めてみる神戸の街は酷い有様だった。戦時中の空襲かと思うほど建物は倒れ、焼け落ちた建物も数件あった。水道管が破裂したのか、ところどころ水浸しで、溢れた水は道路の割れ目に流れ込んでいた。
住宅街だった場所に入ると方向感覚を失いそうなった。どの家も崩れ落ち、原型を留めてはいなかった。瓦、窓ガラス、ブロック塀、柱。その全てが混在している。名実ともに瓦礫。そんな感じだ。
「めっちゃ壊れとる」
「ほんまやね。うちは……。あ、あそこや!」
自宅。だった場所は見る影もなかった。他の家よりも無残で、道路まで木片が飛び散っている。もっとも、私たちが救出されたときに散らかったのだとは思うけれど。
「タンスどこかなぁ」
浩太郎はあっけらかんと言うと瓦礫に上った。
「あかんて! 崩れた危ないやろ!?」
「大丈夫やで! あ、タンスあった!」
いい加減にしてほしい。怪我したらどうすんねん。と言う前に弟はタンスを漁り始めた。
「あんたなぁ……。ほんまに気ぃつけなあかんで」
「ああ、気ぃつける……。でも持ってけるもんはもって行きたいな」
我が弟ながらどうかしている。自分を押しつぶしていた建物に平気で上るなんて常軌を逸しているとしか思えない。
思い返せば弟には昔から浮世離れしたところがあった。本当に血の繋がった弟なのか疑問に思う。もしかしたらヒロの弟……。そう思うぐらいには飄々としているのだ。
それから私たちは瓦礫をかき分けて、使えそうな物を探した。幸いなことに衣類やインスタントな食料はすぐに見つけることができた。
「あんまり持っても持ち帰れんで」
「せやな。スポーツバッグに入るだけにしとく」
どこから堀り当てたのか、弟は埃まみれのスポーツバッグを手にしていた。見覚えがある。確か私が中学時代に使っていたスポーツバッグだ。
散らかった家具を見渡す。そこにはもう生活感は全くなかった。インスタントな遺跡。それぐらいには非現実的に見える。
私は二日前まであったものを探した。探した……。というよりも無意識に目で追った感じだ。台所だった場所にあったもの。母の痕跡。
不思議な話だけれど、それは跡形もなく消えていた。あれほど広がっていたはずの血痕は見る影もなく、ただただ家具が雑に横たわるだけだった。
死の痕跡がない。そのことは私を安心させた。正直あんなもの見たくはないし、ここで倒れたりしたら弟がパニックを起こしてしまう。
壊れてしまうと家とはこれほど小さい物なのか。それが私が思った素直な感想だ。ここで生活していたとは思えない。そう感じてしまうほどに狭い。
対照的に上には広すぎる空が浮かんでいた。家のあった場所から見える空は途方もなく広く感じる。
広すぎる空が怖くなった。自分がちっぽけな存在でギリギリどうにかこうにか生かされていると感じた。それは恐怖というより畏怖に近いと思う。畏怖……。教訓による畏れ。経験による恐怖。
視線を足下に戻すと少し気持ちが軽くなった。足下に広がる瓦礫の山が私の現実……。そう思えた。
現実を生きよう。そんな当たり前のことを思った。ご飯があれば美味しく食べよう。「いただきます」と「ごちそうさま」を言おう。助けて貰ったら「ありがとう」と言おう。誰かに迷惑を掛けたら「ごめんなさい」しよう。
幼稚園児のようなことを思った。きっと私は乳飲み子と同列なのだ。何も知らない。そんな生まれたての赤子と。
時間にすればほんの数秒の間にそんな決意のような感覚を体験した。頭ではなく、心に。
ふと足下に目をやると固くて長細い箱が目に入った。棺のようなその箱は私に見つけられるのを待つように横たわっていた。
「せやな……」
病院からの帰り道。私と浩太郎はそんな話をしていた。
「見に行く?」
「うーん……。でもなぁ、危なくないか? それに行ったってゴミの山やと思うで」
「俺は行きたいなぁ。服もないし……」
そう言うと弟は破けてしまったジャージを掴んで見せた。控えめに言ってかなり見窄らしい。
「はぁ……。まぁええやろ。したら行くか? でも危なそうやっったらすぐ帰るで」
正直に言えばあまりあの場に戻りたくはなかった。日常の残骸を見たら気持ち悪くなりそうだし、母の血痕も残っているかもしれない……。
改めてみる神戸の街は酷い有様だった。戦時中の空襲かと思うほど建物は倒れ、焼け落ちた建物も数件あった。水道管が破裂したのか、ところどころ水浸しで、溢れた水は道路の割れ目に流れ込んでいた。
住宅街だった場所に入ると方向感覚を失いそうなった。どの家も崩れ落ち、原型を留めてはいなかった。瓦、窓ガラス、ブロック塀、柱。その全てが混在している。名実ともに瓦礫。そんな感じだ。
「めっちゃ壊れとる」
「ほんまやね。うちは……。あ、あそこや!」
自宅。だった場所は見る影もなかった。他の家よりも無残で、道路まで木片が飛び散っている。もっとも、私たちが救出されたときに散らかったのだとは思うけれど。
「タンスどこかなぁ」
浩太郎はあっけらかんと言うと瓦礫に上った。
「あかんて! 崩れた危ないやろ!?」
「大丈夫やで! あ、タンスあった!」
いい加減にしてほしい。怪我したらどうすんねん。と言う前に弟はタンスを漁り始めた。
「あんたなぁ……。ほんまに気ぃつけなあかんで」
「ああ、気ぃつける……。でも持ってけるもんはもって行きたいな」
我が弟ながらどうかしている。自分を押しつぶしていた建物に平気で上るなんて常軌を逸しているとしか思えない。
思い返せば弟には昔から浮世離れしたところがあった。本当に血の繋がった弟なのか疑問に思う。もしかしたらヒロの弟……。そう思うぐらいには飄々としているのだ。
それから私たちは瓦礫をかき分けて、使えそうな物を探した。幸いなことに衣類やインスタントな食料はすぐに見つけることができた。
「あんまり持っても持ち帰れんで」
「せやな。スポーツバッグに入るだけにしとく」
どこから堀り当てたのか、弟は埃まみれのスポーツバッグを手にしていた。見覚えがある。確か私が中学時代に使っていたスポーツバッグだ。
散らかった家具を見渡す。そこにはもう生活感は全くなかった。インスタントな遺跡。それぐらいには非現実的に見える。
私は二日前まであったものを探した。探した……。というよりも無意識に目で追った感じだ。台所だった場所にあったもの。母の痕跡。
不思議な話だけれど、それは跡形もなく消えていた。あれほど広がっていたはずの血痕は見る影もなく、ただただ家具が雑に横たわるだけだった。
死の痕跡がない。そのことは私を安心させた。正直あんなもの見たくはないし、ここで倒れたりしたら弟がパニックを起こしてしまう。
壊れてしまうと家とはこれほど小さい物なのか。それが私が思った素直な感想だ。ここで生活していたとは思えない。そう感じてしまうほどに狭い。
対照的に上には広すぎる空が浮かんでいた。家のあった場所から見える空は途方もなく広く感じる。
広すぎる空が怖くなった。自分がちっぽけな存在でギリギリどうにかこうにか生かされていると感じた。それは恐怖というより畏怖に近いと思う。畏怖……。教訓による畏れ。経験による恐怖。
視線を足下に戻すと少し気持ちが軽くなった。足下に広がる瓦礫の山が私の現実……。そう思えた。
現実を生きよう。そんな当たり前のことを思った。ご飯があれば美味しく食べよう。「いただきます」と「ごちそうさま」を言おう。助けて貰ったら「ありがとう」と言おう。誰かに迷惑を掛けたら「ごめんなさい」しよう。
幼稚園児のようなことを思った。きっと私は乳飲み子と同列なのだ。何も知らない。そんな生まれたての赤子と。
時間にすればほんの数秒の間にそんな決意のような感覚を体験した。頭ではなく、心に。
ふと足下に目をやると固くて長細い箱が目に入った。棺のようなその箱は私に見つけられるのを待つように横たわっていた。
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