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神戸1995⑮

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 厚い雲が空を覆っている。多くの家は崩れ、まるで戦争でもあったように見えた。人々は暗い顔をして瓦礫を片付けたり、俯いたりしている。
 避難所への道すがら、繁樹が立ち止まった。
「どうした? 腹でも痛くなったか?」
「いや……。腹減ったと思うてな……。よっしゃ! したらまずは腹ごしらえや! お前らも食え! カップラーメンでええか?」
 繁樹はビニール袋からカップラーメンを取り出すと私たちに手渡した。
「ええけど……。お湯ないやん」
「ああ、今から湧かすで。ええもん持っとるから」
 繁樹はスポーツバッグから小さな鍋と携帯用のガスバーナーを取り出した。
「準備ええな」
「まぁな。ほら、俺よく釣りいくやん? それでアウトドアグッズめっちゃ持っとんねん。まさかここで役に立つとは思わんかったけど」
 繁樹は慣れた調子で鍋にペットボトルの水をを注ぎ始めた。
「何もこんなとこでやらんでも……」
「アホ! 避難所やったら人目があるやろ。いくら炊き出しやっとってもさすがに気ぃ使うわ」
 そう言うと繁樹は道端でお湯を沸かし始めた。携帯用ガスバーナーから青い炎が燃え上がり、鍋底を燃やした。
「まるで野生児やな……」
「あのな……。今は非常事態なんやで? 食う寝るところは自分で見つけんと」
 確かに繁樹の言うとおりだ。街の商店は軒並み壊れているし、食糧確保は一番の問題だろう。普段だらしないのに、こういうときは繁樹は頼りになる。彼は昔から緊急事態に強いのだ。
 鍋を覗き込むと小さな泡が浮かび始めていた。徐々にその泡は大きくなり、やがて水蒸気が立ち上り始める。
「そろそろかな……。逢子、コウタ。ラーメンの蓋開けとけ」
「分かったで」
 端から見ればかなり不自然な絵だと思う。現に通り過ぎていく大人たちはお湯を沸かしている私たちを奇異な目で見ていた。そして繁樹は鍋の中の熱湯をカップラーメンに注いだ。
「腹減ったなぁ……」
「ハハハ、あと三分でできるで!」
 浩太郎はカップラーメンを受け取ると嬉しそうにそれを抱えた。持った器の温かさが手のひらに伝わる。香ばしい醤油の香りがする。その匂いは私の空腹感をより強くさせた。
 繁樹はずっと落ち着いていた。慌てたりだとか、辛そうな顔は一切しない。何だかんだ言ってもやはり彼は私たちのバンドのリーダーなのだと思う。
「そろそろええやろ。したら飯にしようか?」
 繁樹は左手のGショックのタイマーを見るとそう言った。
「せやな。したらいただきます」
 カップラーメンはこの世のものとは思えないほど美味しかった。身体中に塩分が染み渡り、一気に血液が流れ始める。浩太郎は無我夢中でラーメンを啜った。余程お腹空いていたのか、一分と掛からず完食してしまう。
 私は食べ物に対して強い感謝の気持ちを抱いた。普段、コンビニに並んでいても何とも思わないのに、そのカップラーメンは神様からの贈り物のように思えた。
「コウタめっちゃ腹減ってたんやな。ま、避難所行ったら飯もあると思うから安心したらええで」
「繁樹……。ありがとな」
 気が付くと私は繁樹にそう言っていた。繁樹は一瞬、固まると「ああ、ええで」と言った。
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