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神戸1995⑬

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 日付が切り替わった。丸い時計の長針と短針が真っ直ぐに重なる。それでも私はまだ悪い夢の中にいる気分だった。夢ならどれほどいいだろう。そんな愚かな思いだけが胸を駆け巡る。
「ちっとは落ち着いたか?」
 繁樹はそう言うと私の肩を強く抱いた。
「ああ、ありがとう。すーっとしたわ」
「そうか……。お前んちは大丈夫やったか? 家族は?」
「わからへん……。お父ちゃんとコウタは無事やと思うけどはぐれてもうて……」
 私は母について言及しなかった。言いたくないし、言ってしまったら何かが壊れてしまう気がする。繁樹も察したのか「そうか」だけ言ってそれ以上は何も聞こうとはしなかった。
「疲れたやろ? 寝た方がええで。お前の家族はきっと無事やから」
「うん……」
 繁樹の言葉は気休めだと思う。でもそう言われるとと本当にそんな気がした。
 瞼が重くなる。私は繁樹の腕に抱かれながら静かに意識を失った――。

 私の意識が戻ったのは、もう日が昇り始めた頃だ。どうやら待合室のベンチで眠ってしまったらしい。身体には見覚えのあるジャンパーが掛けられいた。赤い龍の刺繍の入ったダサいジャンパー。
「お、目が覚めたか」
「う、うん。おはようさん……。ジャンパーありがとな」
 私は身を起こすと繁樹にジャンパーを返した。
「おう、お前めっちゃ気持ちよさそうに寝とったなぁ。やっぱり疲れとったんやろな」
「かもな……。昨日から色々ありすぎて疲れたわ……」
 私は立ち上がると思い切り背伸びした。肩が痛く、バキバキと嫌な音が鳴る。
「あ、そういえばお前の家族見つかったで! ここの二階に入院しとった!」
「え!? マジで?」
「ああ、さっき看護婦に聞いたら教えてくれたで! 会いに行くか?」
 私は「行く」と即答した。
 ああ、無事でよかった。お父ちゃんの腹大丈夫やろか? コウタの怪我も大したことないとええけど。てか、早く無事な姿、見せてあげないと。そんなことを思った。
「したら案内するで……。実はさっきおうてきたんや。二人とも元気やったで」
「そうか……。ほんまに良かった……」
 それから私たちは二階の病室へと向かった。窓から明るい光が差している。曇り空からわずかに漏れる日の光が病院の廊下を柔らかく照らしていた。心なしか患者たちの顔も明るく見える。
「そういえば今日はヒロの誕生日やったな」
「え? ああ、たしかに……。あの子一八日生まれやったね」
「せや。あーあ、かわいそうになー。せっかくの一七の誕生日やのに」
「ほんまやね……。ヒロは無事やろか?」
 きっとヒロにとって忘れられない誕生日なるはずだ。なかなか、被災中に誕生日を迎えることなんてないと思う。
「去年は四人で誕生会したなー。あの頃は亨一もまだおったから、ヒロも嬉しかったんやろな」
「せやな……。ヒロも亨一も無事やとええけど……」
 ふと、一年前のヒロの誕生日を思い出した。たしかあの日、私たち四人はカラオケでヒロの誕生日のお祝いをしていたと思う。一年前はヒロと亨一はまだ付き合っていたし、それはそれは仲睦まじく見えた。
 思い返せばこの一年で私は多くのものを失った。去年の夏休みには”ニンヒア”でのメジャーデビューの夢をなくしたし、それと同時に仲の良い女友達と大切なベーシストを失った。これ以上失うものなんてないと思うぐらいには色々なくしていたと思う。でも……。神様はまだ奪い足りなかったようだ。
 母のことを思うと胸が痛んだ。もし彼女の死が私に対する当てつけだとすれば、神様なんてなんの意味があるのだろう? 私に苦痛を与えるためだけに、彼女を死なせたすれば神様なんて、ただの疫病神ではないだろうか? 疫病神……。もう神様なんかじゃなく悪魔かもしれない。
「落ち着いたらヒロの誕生会しような?」
 私が天に唾を吐くようなことを考えていると繁樹は優しい口調でそう言った。
 私は「せやな」と返した。
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