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東京2011④
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その日。私たちは小学校の体育館に寝泊まりした。着の身着のままだけど仕方がない。夜も揺れは収まらず、そのたび愚図る子供がたくさんいた。逢夜は騒いだりしなかったけど眠れないようだ。私も同じだけど。
夜の体育館がこんなに気味が悪いとは思わなかった。みんな静かにはしているけど、絶えず物音が聞こえる。一晩のうちに救急車のサイレンが五回も聞こえた。サイレンに反応した犬の遠吠えもそのたび聞こえた。犬だって不安なのだろう。むしろ動物のほうが自然災害には敏感なはずだ。
逢夜を抱きしめていると色々な人の顔が頭に浮かんだ。事務所は無事だろうか? 繁樹やヒロは怪我していないだろうか? 旦那は今どうしているだろう? そんな思考がぐるぐると回る。
もしかしたら実家の父や弟も心配しているかもしれないと思った。今回、神戸は震源から遠いので被害はないだろうけど、おそらく気にはしているはずだ。
そして私は母のことを思い出した。母と最後に話してから、もう一六年も経ってしまった。今となってはもう彼女の声さえよく思い出せない。思い出すのは彼女の荒れた手と甘い匂いだけ。
何時間ぐらい経ったのだろう? 腕の中で逢夜は静かに寝息を立てている。窓から差し込む光が少しずつ明るくなり磨り硝子を紺色に染めた。もうすぐ夜明けらしい。私は徹夜明けの朝日が苦手だ。今の業界に入ってから、朝帰りなんてザラだけど、それでもあまりいい気分はしない。
明るくなり始めた頃、私は夢の中へ落ちていった――。
目が覚めたとき、体育館はとてもざわついていた。みんなケイタイでどこかへ電話を掛けている。
「逢子さんおはよう!」
声のした方を見ると未来さんが立っていた。左には美玲ちゃんの姿もある。
「おはよう……。なんやあんま眠れんかった」
私は目を擦ると大あくびした。
「そうだよね。私もあんまり……。ケイタイ使えるようになったみたいだよ!」
「ああ、どおりで……。したら旦那に連絡するか」
私はバッグからケイタイを取り出すと電源を入れた。電源を入れた瞬間に一気にショートメッセージを受信する。
「あちゃー。事務所からめっちゃ連絡きとる。あとは……」
ショートメッセージの大半は事務所からだった。『逢子さん無事ですか?』とか『メッセージ気づいたら連絡下さい』とかそんな内容。とりあえず事務所に返信だけしておこう。これ以上メッセージを送られても困るし、いつまでも心配を掛けてはいられない。
事務所に簡単なメッセージを送る。『無事です。落ち着いたら連絡します』それだけ。
さて、まずは旦那に連絡しよう。私は逢夜を起こすと旦那に電話を掛けた。
「もしもし? 私やけど」
『もしもし!? 逢子無事か!?』
電話に出るなり旦那は喰い気味に言った。かなり取り乱している。この人は心配性なのだ。
「ああ、大丈夫やで。怪我もしとらん。今、逢夜と一緒に小学校に避難しとるよ。あんたは大丈夫か? 札幌の被害は?」
『よかった……。こっちは大丈夫だよ。多少揺れたけど怪我とかはない』
「そら何よりや。しばらく飛行機動かんやろ?」
『うん。ちょっと帰るの遅くなるかもしれない……』
「ええよ。あんたが無事ならかまへん。気ぃつけて帰ってきてな。あ、逢夜が話したいって」
私はケイタイを逢夜に手渡した。
「パパ! 気をつけて帰ってきてね! うわきしちゃだめだよ!」
どこで覚えたのか逢夜は旦那に釘を刺してくれた。優秀な娘だ。やはり旦那に似ている。
『ハハハ、分かったよ。浮気しないで帰るからね。じゃあ逢夜、ママと一緒にいるんだよ』
旦那はそう言うと電話を切った。彼は子煩悩なのだ。逢夜が可愛くて仕方がない。
次に私は実家に連絡した。電話に出たのは弟だ。弟は旦那ほど慌ててはいなかったけど、それでも心配はしてくれた。
『姉ちゃん災難やな。また地震に遭うなんて思ってなかったやろ?』
「せやな。でも都内はまだマシなんやで? 茨城とか東北とかはもっと大変みたいやし……。ま、それでも気ぃつけるわ。お父ちゃんは?」
『ああ、隣におるで。ほら、父ちゃん。姉ちゃんや』
実家の音を聞くと私は妙に落ち着いた。弟のお嫁さんの声も裏から聞こえる。
『逢子! ほんまに怪我とかないか!? 逢夜は?』
「お父ちゃん……。大丈夫やって。逢夜も無事や」
『そうか。でもあんま油断せんほうがええで。余震もあるからな』
「せやね。気ぃつける。落ち着いたら一回、そっち戻るからな」
実家との電話を終えると私は大きなため息を吐いた。あと連絡するのは夫の実家。そして繁樹とヒロぐらいだろう。
まずは繁樹に連絡しよう。彼の家の固定電話が無事なら出るはずだ。
夜の体育館がこんなに気味が悪いとは思わなかった。みんな静かにはしているけど、絶えず物音が聞こえる。一晩のうちに救急車のサイレンが五回も聞こえた。サイレンに反応した犬の遠吠えもそのたび聞こえた。犬だって不安なのだろう。むしろ動物のほうが自然災害には敏感なはずだ。
逢夜を抱きしめていると色々な人の顔が頭に浮かんだ。事務所は無事だろうか? 繁樹やヒロは怪我していないだろうか? 旦那は今どうしているだろう? そんな思考がぐるぐると回る。
もしかしたら実家の父や弟も心配しているかもしれないと思った。今回、神戸は震源から遠いので被害はないだろうけど、おそらく気にはしているはずだ。
そして私は母のことを思い出した。母と最後に話してから、もう一六年も経ってしまった。今となってはもう彼女の声さえよく思い出せない。思い出すのは彼女の荒れた手と甘い匂いだけ。
何時間ぐらい経ったのだろう? 腕の中で逢夜は静かに寝息を立てている。窓から差し込む光が少しずつ明るくなり磨り硝子を紺色に染めた。もうすぐ夜明けらしい。私は徹夜明けの朝日が苦手だ。今の業界に入ってから、朝帰りなんてザラだけど、それでもあまりいい気分はしない。
明るくなり始めた頃、私は夢の中へ落ちていった――。
目が覚めたとき、体育館はとてもざわついていた。みんなケイタイでどこかへ電話を掛けている。
「逢子さんおはよう!」
声のした方を見ると未来さんが立っていた。左には美玲ちゃんの姿もある。
「おはよう……。なんやあんま眠れんかった」
私は目を擦ると大あくびした。
「そうだよね。私もあんまり……。ケイタイ使えるようになったみたいだよ!」
「ああ、どおりで……。したら旦那に連絡するか」
私はバッグからケイタイを取り出すと電源を入れた。電源を入れた瞬間に一気にショートメッセージを受信する。
「あちゃー。事務所からめっちゃ連絡きとる。あとは……」
ショートメッセージの大半は事務所からだった。『逢子さん無事ですか?』とか『メッセージ気づいたら連絡下さい』とかそんな内容。とりあえず事務所に返信だけしておこう。これ以上メッセージを送られても困るし、いつまでも心配を掛けてはいられない。
事務所に簡単なメッセージを送る。『無事です。落ち着いたら連絡します』それだけ。
さて、まずは旦那に連絡しよう。私は逢夜を起こすと旦那に電話を掛けた。
「もしもし? 私やけど」
『もしもし!? 逢子無事か!?』
電話に出るなり旦那は喰い気味に言った。かなり取り乱している。この人は心配性なのだ。
「ああ、大丈夫やで。怪我もしとらん。今、逢夜と一緒に小学校に避難しとるよ。あんたは大丈夫か? 札幌の被害は?」
『よかった……。こっちは大丈夫だよ。多少揺れたけど怪我とかはない』
「そら何よりや。しばらく飛行機動かんやろ?」
『うん。ちょっと帰るの遅くなるかもしれない……』
「ええよ。あんたが無事ならかまへん。気ぃつけて帰ってきてな。あ、逢夜が話したいって」
私はケイタイを逢夜に手渡した。
「パパ! 気をつけて帰ってきてね! うわきしちゃだめだよ!」
どこで覚えたのか逢夜は旦那に釘を刺してくれた。優秀な娘だ。やはり旦那に似ている。
『ハハハ、分かったよ。浮気しないで帰るからね。じゃあ逢夜、ママと一緒にいるんだよ』
旦那はそう言うと電話を切った。彼は子煩悩なのだ。逢夜が可愛くて仕方がない。
次に私は実家に連絡した。電話に出たのは弟だ。弟は旦那ほど慌ててはいなかったけど、それでも心配はしてくれた。
『姉ちゃん災難やな。また地震に遭うなんて思ってなかったやろ?』
「せやな。でも都内はまだマシなんやで? 茨城とか東北とかはもっと大変みたいやし……。ま、それでも気ぃつけるわ。お父ちゃんは?」
『ああ、隣におるで。ほら、父ちゃん。姉ちゃんや』
実家の音を聞くと私は妙に落ち着いた。弟のお嫁さんの声も裏から聞こえる。
『逢子! ほんまに怪我とかないか!? 逢夜は?』
「お父ちゃん……。大丈夫やって。逢夜も無事や」
『そうか。でもあんま油断せんほうがええで。余震もあるからな』
「せやね。気ぃつける。落ち着いたら一回、そっち戻るからな」
実家との電話を終えると私は大きなため息を吐いた。あと連絡するのは夫の実家。そして繁樹とヒロぐらいだろう。
まずは繁樹に連絡しよう。彼の家の固定電話が無事なら出るはずだ。
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