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第五章 東京1994
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八月。私と健次、充は東海道新幹線に乗車していた。恥ずかしい話だけれど、新幹線に乗るのは中学の修学旅行以来だ。健次は物珍しそうに車窓からの眺めを堪能している。充は寝不足だったのかすっかり夢にいる。
移動中、私は逢子からもらった資料に改めて目を通した。株式会社ニンヒアレコード。資料の裏面にはロゴ入りで社名が刻印されている。
ニンヒア。私には馴染みが薄い名前だ。健次はロック方面に詳しいから知っているらしいけれど。
健次曰く、ニンヒアはパンク・ロック系では最大手の音楽レーベルらしい。特に今回オーディションの審査委員長をする女性は有名人で、健次も充もよく知っていた。審査委員長の名前は西浦有栖。アリス。可愛らしい名前だ。いったいどんな人なのだろう?
私は頭の中でオーディションのイメージを膨らませていた。今回は逢子も一緒だし、もしかしたら同じタイミングでオーディションを受けるかもしれない。
逢子との直接対決……。彼女と知り合ってから初めてだ。
三坂逢子はかなりオーディション慣れしているらしい。慣れるほど受けている……。逆に言えば慣れるほど落ちている。アマチュアコンクールでは絶対的強さを誇る『レイズ』もまだプロには届かないらしい。
正直な話、私の技術や経験は逢子には遠く及ばないはずだ。彼女はバンド活動を長年しているし、ステージに上がるのにすっかり慣れている。一方の私はのど自慢大会以降、ほとんどイベントらしいイベントには出ていなかった。圧倒的に不利な状況だと思う。
それでも不思議と負ける気はしなかった。私には根拠のない自信があったし、何より健次がいてくれるのが心強い。
逢子に特に恨みはない。むしろ感謝さえしている。それでも私は彼女に勝つつもりだった。勝たなければ……。負け犬には帰る場所なんてない。
東京駅に着くと充はようやく目を覚ました。彼は冬眠から目覚めた熊のような大あくびをし瞼を擦った。
「おはよう」
「おはようさん……。すまん、完全に寝とった」
「お疲れやね。じゃあ降りる準備してな」
東京駅は京都とは比較にならないほど混み合っていた。人々は皆、足早で何かにしがみつくように必死に歩いていた。健次はそんな人の波を感心するように眺めている。
「東京やっぱすごいな。人だらけや」
「ほんまやね。二人ともはぐれんよう気ぃつけてな。今から新宿まで行くで!」
それから私たちは山手線で新宿まで移動した。荷物が多いせいで乗り換えに手間取ったけれど、どうにかこうにか辿り着く。
「ようやく着いたな……。先にホテルに荷物預けよ」
「ああ……。しっかり暑いな……。府内のがずっと涼しいくらいやで? やっぱりコンクリート多いからかな」
健次と充は移動しただけだというのにぐったりしていた。私自身も山手線での移動にはうんざりだったけれど……。
ホテルにチェックインするとようやく一息吐くことが出来た。さて。
「ケンちゃんたち遊び行くんか? ウチはちょっと出かけてくるけど」
「いや……。俺らは少し休んでからにするわ。お前アレやろ」
「うん。アレや」
アレ……。名前は出さない。あくまで代名詞。ようやく会える。そう思うと私は素直に嬉しかった。約束の時間まであと少し……。
私は健次たちに見送られホテルを後にした。向かうは二子玉川。栞との待ち合わせ場所だ。
移動中、私は逢子からもらった資料に改めて目を通した。株式会社ニンヒアレコード。資料の裏面にはロゴ入りで社名が刻印されている。
ニンヒア。私には馴染みが薄い名前だ。健次はロック方面に詳しいから知っているらしいけれど。
健次曰く、ニンヒアはパンク・ロック系では最大手の音楽レーベルらしい。特に今回オーディションの審査委員長をする女性は有名人で、健次も充もよく知っていた。審査委員長の名前は西浦有栖。アリス。可愛らしい名前だ。いったいどんな人なのだろう?
私は頭の中でオーディションのイメージを膨らませていた。今回は逢子も一緒だし、もしかしたら同じタイミングでオーディションを受けるかもしれない。
逢子との直接対決……。彼女と知り合ってから初めてだ。
三坂逢子はかなりオーディション慣れしているらしい。慣れるほど受けている……。逆に言えば慣れるほど落ちている。アマチュアコンクールでは絶対的強さを誇る『レイズ』もまだプロには届かないらしい。
正直な話、私の技術や経験は逢子には遠く及ばないはずだ。彼女はバンド活動を長年しているし、ステージに上がるのにすっかり慣れている。一方の私はのど自慢大会以降、ほとんどイベントらしいイベントには出ていなかった。圧倒的に不利な状況だと思う。
それでも不思議と負ける気はしなかった。私には根拠のない自信があったし、何より健次がいてくれるのが心強い。
逢子に特に恨みはない。むしろ感謝さえしている。それでも私は彼女に勝つつもりだった。勝たなければ……。負け犬には帰る場所なんてない。
東京駅に着くと充はようやく目を覚ました。彼は冬眠から目覚めた熊のような大あくびをし瞼を擦った。
「おはよう」
「おはようさん……。すまん、完全に寝とった」
「お疲れやね。じゃあ降りる準備してな」
東京駅は京都とは比較にならないほど混み合っていた。人々は皆、足早で何かにしがみつくように必死に歩いていた。健次はそんな人の波を感心するように眺めている。
「東京やっぱすごいな。人だらけや」
「ほんまやね。二人ともはぐれんよう気ぃつけてな。今から新宿まで行くで!」
それから私たちは山手線で新宿まで移動した。荷物が多いせいで乗り換えに手間取ったけれど、どうにかこうにか辿り着く。
「ようやく着いたな……。先にホテルに荷物預けよ」
「ああ……。しっかり暑いな……。府内のがずっと涼しいくらいやで? やっぱりコンクリート多いからかな」
健次と充は移動しただけだというのにぐったりしていた。私自身も山手線での移動にはうんざりだったけれど……。
ホテルにチェックインするとようやく一息吐くことが出来た。さて。
「ケンちゃんたち遊び行くんか? ウチはちょっと出かけてくるけど」
「いや……。俺らは少し休んでからにするわ。お前アレやろ」
「うん。アレや」
アレ……。名前は出さない。あくまで代名詞。ようやく会える。そう思うと私は素直に嬉しかった。約束の時間まであと少し……。
私は健次たちに見送られホテルを後にした。向かうは二子玉川。栞との待ち合わせ場所だ。
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