アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
44 / 63
第四章 京都1992

14

しおりを挟む
 彼女は土屋さくらと自己紹介した。そして「ひらがなで『さくら』です」と付け加える。
 彼女はその見た目と実年齢に反して、とても大人っぽい話し方をした。
「鴨川さんの着物いいですね。可愛くて……。なのにすごく大人っぽいです」
「ああ、これな。ウチのお母さんがあつらえたんや。来年の新作らしいで」
「そうなんですね! 袴のワンポイントもすごくオシャレです!」
 土屋さんは私の着物に興味津々だった。流石に織士の孫だと思う。
 彼女自身が着ている子振り袖もなかなか可愛らしかった。
 朱色の着物で、袖丈には波の模様がはいり、鴛鴦おしどりの刺繍も施されている。
 彼女の着ている子振り袖は私の物とは対照的だった。私の着物は地味……。よく言えばシックで、彼女の着ている物はとても華やかだ。
「えーなー。土屋さんの着物めっちゃかわええやん。ウチのはめっちゃ地味やん?」
「えー! そんなことないですよ! 確かに色味は大人しめですけど、桜の柄がすごく綺麗ですよ。たぶん鴨川さんの着物の方が私のよりずっと良い物のはずです!」
 土屋さんの言葉はお世辞ではないと思う。
 確かに私の着物の質はとても良いのだ。
 母は和装に関しては気持ち悪いくらい妥協しなかった。
 それがたとえ娘の七五三だとしても七桁クラスの物を平気で選ぶだろう。
 卸値だとしてもその値段の着物を選んでくれる母に対しては私も感謝していた。仮に自己顕示欲からだとしてもなかなか出来るものではないと思う。
 土屋さんはずっと人懐っこい笑顔だ。純真無垢な和服少女。
「そういえば鴨川さんは歌唱コンクールとかオーディション行かないんですか? 逢子ちゃん地元のイベントよく出てるんですよ」
「そうなん? まぁ三坂さん歌上手いからなー。ウチも出てみたいけど、なかなか機会がなくてな……」
 彼女曰く、三坂さんはかなり精力的にイベントやオーディションに参加しているらしい。
 結果も良く、地元のイベントでは金賞を何回か取ったことがあるあらしい。
「本当に逢子ちゃんは歌上手いんですよ! 本人は『絶対プロになったるで』って張り切ってますからね」
「アハハ、三坂さんらしいな。……ま、あの子やったらプロの歌手になれそうやもんな」
 笑いながら私は少しだけ焦りを覚えた。
 別に敵対関係ではないのだけれど、三坂さんにはどんどん置いて行かれているような気分だ。
「逢子ちゃん言ってましたよ! 鴨川さん歌上手いって!」
「そうなんや。お世辞も嬉しいな」
「いやいや、お世辞じゃないと思います。逢子ちゃん人が良さそうで歌でお世辞言ったりしないから……。あ、そうだ!」
 そう言うと土屋さんは小物入れから一枚のチラシを取り出した。
「ん? 何なん?」
「あの! 実は京都市内で月末にのど自慢大会があるらしいんですよ! 逢子ちゃんは用事があって出られないらしいんですけどね……。もし良かったら鴨川さん出てみませんか?」
 チラシには『京都のど自慢大会出場者募集』とポップ体で大きく書かれていた。
「府民ホールか……」
「はい! 結構大きい会場ですよね! もし良かった。逢子ちゃんも鴨川さんがバンド組むの楽しみにしてるので!」
「ああ、考えてみるわ……」
 私はチラシを眺めながらそ応えた……。
 少しすると両親がエレベーターホールにやってきた。父は予想どおり疲れ切った顔をしている。
「土屋さんありがとう! ちょっと検討してみるわ」
「はい! 私も当日は会場に見に行くので」
 土屋さんは最後にニッコリ笑って私たちを見送ってくれた。
 帰りの車中。両親は相変わらず仕事の話をしていた。あのメーカーは質が良くなったとか、原材料費が上がったとかそんな話。
 私は両親の話を聞き流しながら、土屋さんから貰ったチラシに目を通していた。
 さて、どうしたものか? 一応の初ステージ……。になるかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...