31 / 63
第四章 京都1992
1
しおりを挟む
一九九二年七月。
陰鬱だった六月も終わり、夏らしい日が少し増え始めていた。
京都の夏を象徴するように鴨川は涼やかに流れている。
連日の雨のためか水量は多く、見ているだけで涼しく感じた。
松原橋の川床も観光客が増えたようだ。これは毎年恒例だけれど。
街では府外ナンバーの車を多く見かけるようになったし、観光客が増えているのだろう。
期末テストも終わり、あと少し夏休みを迎える。
健次は夏休み、強化合宿のために奈良に連泊するらしい。
「はー……。今月末から府大会やで」
健次は大あくびをしながらぼやいた。
「ああ、そんな時期か。ケンちゃんレギュラーやから大変やな」
「せやな……。ありがたいけど面倒くさいな……。ほら、俺なまじ背ぇ高いからセンターさせられるし。夏休みどっぷり合宿やで」
本来健次は面倒くさがりなのだ。本当は合宿なんて行きたくはないだろう。
「贅沢やな。好き好んで入ったバスケ部なんやからもっと気合い入れたらええのに」
「そうなんやけどな……。でもだらだら過ごしたいねん! 俺がだらしないのはお前が一番知っとるやろ?」
健次は大きく背伸びをした。
「栞かわいそうやな。せっかくの夏なのにお出かけもなしかいな……」
「ああ、それやったら栞も忙しいらしいで。なんたら賞に応募するって言っとったし」
「それな。あーあ、栞の新作楽しみやなー。あの子の文章めっちゃおもろいから」
栞とは、ここ一週間ほど顔を合わせていなかった。
彼女が学校に来ているのは間違いないのだけれど、栞が文芸部になってからは会う機会がなかった。
思い返せば中学校で栞に会うのは吹奏楽部だけだった気もする。
クラスも違うし、栞の性格を考えると休み時間は自分の机で書き物をしているはずだ。
文学少女。未来の直木賞作家。
「なぁ月子? 栞なんかあったんかな? 最近のあいつ元気ないんやけど……」
健次はそう言うと小さくため息を吐いた。
「ん? そうなん? ウチは何も聞いとらんけど……」
「そうか……。いやな。なんつーか、あいつ最近、上の空やねん。俺が話振っても反応遅れるし、あんまり笑ったりせーへん。なんやろな? 生理かな?」
生理かな? という健次の言葉に私は彼を引っぱたいた。
「痛っ! 何すんねん!?」
「ほんまケンちゃんってデリカシーの欠片もないな。そんなんやから栞悩んどるんちゃうの?」
「そうなんかな? 俺ってそんなにデリカシーないかな?」
健次は本当に単純な男だ。私の言葉を真に受けている。
「……分からんけどな。したらウチから栞に聞いてみるわ。悩みあるんやったら何か言うやろ」
きっと創作関係の悩みだろう……。と私は思っていた。
しかし……。残念なくらい私の読みは外れていた。
陰鬱だった六月も終わり、夏らしい日が少し増え始めていた。
京都の夏を象徴するように鴨川は涼やかに流れている。
連日の雨のためか水量は多く、見ているだけで涼しく感じた。
松原橋の川床も観光客が増えたようだ。これは毎年恒例だけれど。
街では府外ナンバーの車を多く見かけるようになったし、観光客が増えているのだろう。
期末テストも終わり、あと少し夏休みを迎える。
健次は夏休み、強化合宿のために奈良に連泊するらしい。
「はー……。今月末から府大会やで」
健次は大あくびをしながらぼやいた。
「ああ、そんな時期か。ケンちゃんレギュラーやから大変やな」
「せやな……。ありがたいけど面倒くさいな……。ほら、俺なまじ背ぇ高いからセンターさせられるし。夏休みどっぷり合宿やで」
本来健次は面倒くさがりなのだ。本当は合宿なんて行きたくはないだろう。
「贅沢やな。好き好んで入ったバスケ部なんやからもっと気合い入れたらええのに」
「そうなんやけどな……。でもだらだら過ごしたいねん! 俺がだらしないのはお前が一番知っとるやろ?」
健次は大きく背伸びをした。
「栞かわいそうやな。せっかくの夏なのにお出かけもなしかいな……」
「ああ、それやったら栞も忙しいらしいで。なんたら賞に応募するって言っとったし」
「それな。あーあ、栞の新作楽しみやなー。あの子の文章めっちゃおもろいから」
栞とは、ここ一週間ほど顔を合わせていなかった。
彼女が学校に来ているのは間違いないのだけれど、栞が文芸部になってからは会う機会がなかった。
思い返せば中学校で栞に会うのは吹奏楽部だけだった気もする。
クラスも違うし、栞の性格を考えると休み時間は自分の机で書き物をしているはずだ。
文学少女。未来の直木賞作家。
「なぁ月子? 栞なんかあったんかな? 最近のあいつ元気ないんやけど……」
健次はそう言うと小さくため息を吐いた。
「ん? そうなん? ウチは何も聞いとらんけど……」
「そうか……。いやな。なんつーか、あいつ最近、上の空やねん。俺が話振っても反応遅れるし、あんまり笑ったりせーへん。なんやろな? 生理かな?」
生理かな? という健次の言葉に私は彼を引っぱたいた。
「痛っ! 何すんねん!?」
「ほんまケンちゃんってデリカシーの欠片もないな。そんなんやから栞悩んどるんちゃうの?」
「そうなんかな? 俺ってそんなにデリカシーないかな?」
健次は本当に単純な男だ。私の言葉を真に受けている。
「……分からんけどな。したらウチから栞に聞いてみるわ。悩みあるんやったら何か言うやろ」
きっと創作関係の悩みだろう……。と私は思っていた。
しかし……。残念なくらい私の読みは外れていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。
10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。
婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。
その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。
それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー?
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる