アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

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第三章 神戸1992

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「二人ともハンバーガー買ってきたよー」
 佐藤くんは健次たちに声を掛けた。
「亨一サンキュー! じゃあ岸田くん休憩にしよう」
「うっす……」
 健次は汗まみれだ。息も切らしている。
 彼のTシャツは水没したかのように濡れていた。
「ケンちゃんめっちゃ汗かいたなー」
「ほんまや……。はー、しんど! 指が動かん」
 健次の指先は真っ赤になっていた。
「最初はそんな感じやで? 段々、指先硬くなるから安心しーや」
 羽島くんは笑いながら健次の肩を叩いた。
 それから私たちはハンバーガーを食べた。
 高カロリーで身体に悪いジャンクフード。肥満の元凶。
 私は普段、マクドナルドのハンバーガーは食べない。
 どちらかというと和食が好きで、あまり油っぽい食事は好きではなかった。
 しかし、そのハンバーガーは格別に美味しく感じた。
 ポテトの濃い塩味さえ身体中に染み渡るようだ。
 三坂さんはずっと笑っていた。舞洲さんに絡んでゲラゲラ笑い転げる。
 一方の舞洲さんは面倒くさそうに彼女を受け流していた。
 息の合ったお笑いコンビのようだ。
「ほんま二人は仲えーなー」
「まぁ、仲悪くはないかな? ヒロのノリがもっと良かったら完璧やったんやけどなー」
「逢子がうるさすぎるだけやで……。ほんま耳がキンキンや」
 舞洲さんはまるで女房のようにぼやいた。
「ええやん? ヒロが大人しい分、私が賑やかにしとるんやないか! なぁ? 亨一もそう思うやろ?」
「そうだね。逢子がいないと『レイズ』じゃなくなっちゃうからね。でも、ヒロだっていいとこあるんだよ? 一生懸命で頑張り屋だしさ」
「そ、そんなことないって……」
 舞洲さんは顔を真っ赤にして否定した。耳まで赤い。
 それにしてもいいバンドだ。私は素直にそう思った。
 みんな適度に相手を尊重しているし、ヴォーカルの三坂さんには『華』があった。
「ええなー。『レイズ』が羨ましいわぁ。ケンちゃんがギター覚えたら絶対バンド始めたる!」
「ああ、それがええと思うよ。鴨川さん可愛いし、人気になるんちゃうかな? 歌の練習は大変やけど、地声もええ声やし」
 それから私と健次は『レイズ』の練習を見学した。
 彼らはそれぞれの個性が光っていた。
 舞洲さんのドラムは正確だったし、羽島くんのギターも聞いていて気持ち良かった。そして何より、佐藤くんのベースが絶妙だった。完璧と言っても良いかもしれない。
「ほんますごい!! 感動したで!」
「ハハハ、ありがとう。ウチら運がええねんな。亨一もヒロも繁樹もみんな頑張り屋やからなー。私だけちゃう? ノリと勢いだけやっとるの?」
「え? 三坂さん めっちゃ歌うまいやん!」
「え!? ほんま、嬉しいわぁ!! みんな聞いたかぁ? 鴨川さんに褒められたで!!」
 三坂さんは嬉しそうに『レイズ』のメンバーに笑いかけた。
「ああ、たしかに逢子は歌上手いよ。もうちょっと静かだったら完璧だったんだけどね」
 舞洲さんは呆れたように首を振ると苦笑いを浮かべた――。
 青海波せいがいはの部屋から出たのは夕方になってからだ。
 日は傾き、夕闇が部屋に侵入し始める。
「今日はありがとうな。またお邪魔させて貰いますー」
「せやね! 鴨川さんも岸田くんもまた来てなー」
 私たちは彼らにお礼を言うと、神戸を後にした――。
 帰りの電車の中、私は健次に寄りかかって眠ってしまった。
 私が目を覚ましたときには既に京都市内だった。
「ほら、そろそろ起き? もうすぐ着くで」
「ふあぁ……。あ、ごめん。めっちゃ寝取ったね」
 私は大あくびをした。車窓から見える景色は完全に夜の世界だ。
「今日は疲れたなー。でも……。また神戸行きたいな。まだまだ習いたいし」
「せやね。ウチも三坂さんから色々教えて貰いたいな……。なぁケンちゃん?」
「ん? なんや」
「あんな。ケンちゃんギター覚えたら一緒にバンドしよーな」
「せやな」
 健次と一緒にバンドが出来たらどれほど幸せだろう。
 そう思う私はやはり悪い女なのかもしれない……。
 そんな自己嫌悪にも似た感情を持つ頃、私たちは京都駅に到着した。
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