深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第五話 今、挟まれる栞

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 栞が帰ってきたのは日付が変わる少し前だ。両手には中身の詰まった紙袋。どうやら祝賀会の手土産らしい。
「おかえり、思ったより早かったね」
 そう言いながら彼女から紙袋を受け取る。袋は見た目に反して軽い。
「ただいま。ちょっと疲れたよ。えーと……。お花だけニコタマに送っといたからね」
 ニコタマ。二子玉川にある栞の実家のことだ。
「それがいいね。お義母さんたちには伝えてあるんでしょ?」
「大丈夫! ……ってか欲しがってたしね」
「なら良かったよ。まぁ花はお義母さんたちの方が使うだろうしね」
 義母の家。もとい栞の実家は喫茶店をやっていた。だから花を飾る場所はいくらでもある。おそらく義母は喜んで花を店先に飾り付けると思う。あの人は花が好きなのだ。
「そうそう! 月子ちゃんがお祝い来てくれたんだー!」
「月子ちゃんってあのパンクバンドやってる子?」
「そうだよー。全国ツアー終わったばっかなのに来てくれたんだ。ほんとありがたいよね」
 月子さん……。彼女とは一回だけ会ったことがある。ほとんどすれ違いみたいだったけれど。
『初めまして、半井水貴です』
『初めまして、鴨川月子です』
 そんな挨拶だけ交わした。味も素っ気も無い。単なる自己紹介。
 それでも不思議と彼女には好感が持てた。話し方や仕草、そして彼女の容姿がそうさせたのだと思う。
 僕が月子さんに抱いた第一印象は『綺麗な人』だということだった。かなり抑えた言い方をしても相当な美人だと思う。背格好は栞より少し長身(おそらく一六〇センチ後半だと思う)で女性らしい体つきをしていた。とても端正な顔立ちで目はくっきりとした二重だった。アイドルのような容姿。ごくつまらなく言えばそんな感じだと思う。
 そんな月子さんは栞の親友だった。似ても似つかぬ二人なのに心を通わせているように見えた。まぁ、これは栞の態度や言葉から僕が感じたことだけれど。
 おそらく二人は互いの欠点も含めて認め合う関係……。なのだと思う。理想的な関係。これ以上無いくらいの。
「ねえ水貴くん。ちょっと飲まない?」
「ん? いいよ。君から誘うなんて珍しいね」
「うん! 今日は気分良いからさ」
 そう言うと栞は照れくさそうに笑った。
 ああ、栞だ。僕の最愛の人だ。そんな当たり前のことを思った――。
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