深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第四話 深夜水溶液

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 祝賀会は恙なく終わった。大きな拍手。最大の賞賛。
 盛大過ぎる拍手に栞は若干引きつっていた。彼女らしいと言えば彼女らしいと思う。
「月子ちゃん! 今日はありがとうね」
 帰りがけ。栞が見送りに来てくれた。
「ああ、こっちこそ。年末また上京するからそんときに飯でも行こうな」
「うん!」
 また年末。そう言って私たちは別れた――。

「終わったか?」
 私がホテルから出るとそこには健次の姿があった。
「あれ? ケンちゃんどないしたん?」
「いやな……。今日祝賀会ゆーてたから迎え来たんや。ほら、お前病み上がりやし」
 健次はそう言うと照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「ケンちゃんは心配性やなー。ほら、もうピンピンしとるで!」
「なら良かったで……。ま、車で来たから乗ってけ」
「マジで!? 京都まで?」
「せや、お前のアパートの真ん前までいったる」
 健次はさも当たり前のように言った。そこには近所のスーパーに行くぐらいの空気感しかない。とても東京京都間を走破するとは思えない。
「相変わらず狭いな」
 私は彼の車の助手席に乗り込みながら憎まれ口を叩いた。
「お前は毎回それを言うな」
 健次の愛車はマツダRXー7という車だ。ボディカラーは彼のギターと同じレッドメタリック。シートは極狭でお世辞にも実用的な車とは言えない。
「ごめんごめん。まぁええ車やと思うで? 流線型でカッコええやん」
「やろ? ようやくお前もFDの良さが分かってきたか」
 私は適当に車を褒めた。お世辞だとしても悪い気はしないだろう。まぁ実際、RXー7のボディデザインはカッコいいと思うし、嘘は言っていない。
 ギアが一足に入るとRXー7は咆哮を上げた。一瞬の甲高い音。好きなサウンドだ。詳しくは知らないけれど、RXー7は他の車とはエンジンの仕組みが違うらしい。(ロータリーエンジンとか言うらしい)
「栞どうやった?」
 健次はそう聞くとシフトノブに手を掛けた。
「嬉しそうやったで。まぁ、式典は苦手ってゆーてたけどな……。でもええ顔はしとった」
「そうか。なら良かったわ……。あいつももう結婚やし幸せの絶頂やろなぁ」
「ハハハ、せやね。なんやええお婿さんらしいで」
 やはり元カノだからだろう。健次は栞のことが気になるらしい。
「あれからもう一〇年かぁ。ほんまに色々あったなぁ」
「ほんまにな! ウチらもメジャーデビュー出来たし、栞は直木賞取ったしなぁ」
「せやなぁ。ま、俺らもこれから頑張らんとな」
 もっと。もっと頑張らねば。そうしなければ武道館なんてたどり着けないだろう……。
 少しは走ると車は首都高速に乗った。健次は慣れた調子で車線変更していく。東京タワー、立ち並ぶビル群。そして奥に見える東京湾。そんな東京の夜景。
「しっかし……。また年末上京やなぁ」
 私は車窓に映る景色を眺めながら独り言のように呟いた。
「せやな。あっちゅーまやで」
「ほんまに忙しないなぁ。東京来てもただただ仕事して終わりな気がする」
「まぁなぁ。でも仕事やからしゃーないで。ま、気持ちは分かるけどな」
 そう。遊びじゃないのだ。だから仕方ないと思う。でも……。
「でもな! 仕事仕事ばっかは嫌や! やっぱり遊びたい……」
 私は思わず本音を零した。やれやれ。どうやら私も栞のことが言えないくらい子供らしい。
「ハハハ、お前らしいな。したらちょっと寄り道してくか……」
 そう言うと健次はハンドルを左に少し回した――。
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