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第四話 深夜水溶液
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単身赴任生活は慌ただしく過ぎていった。平日はラジオの生放送。週末は地方に飛ぶ。そんな生活だ。
東京、東京、東京、東京、東京、名古屋、名古屋。そんなゲシュタルト崩壊してしまいそうな字面の一週間だ。自分の身で体験するとさすがにきつく感じる。
一ヶ月限定のラジオパーソナリティーは思いのほか面白い仕事だった。自分で言うのもおこがましいけれど、私はこの手の番組の進行が上手いらしい。ラジオ局のお偉いさんも「今度はレギュラー放送持って貰おうかな」と言ってくれたし、まぁ悪くはなかったのだろう。(リップサービスかもしれないけれど)
金曜のラジオが終わると同時にマイクロバスで地方へ移動。そんなハードスケジュールが四週間続いたけれど不思議と嫌だとは感じなかった。おそらく必死過ぎたのだ。辛いとか疲れたとか感じる余裕は私にはなかった。
名古屋、大阪、福岡。そして最終の東京公演。計八回の公演は当日券含め完売だった。その結果にあの西浦さんですら「貴方たちは頑張ったわ」と褒めてくれた。西浦有栖が素直に褒めたのだから余程のことなのだと思う。
東京公演を終えると溜まっていた疲れが一気に出た。一ヶ月ほとんど休みがなかったので仕方ないけれど動けないくらい身体がだるかった。
人生最大の疲れ。誇張なしにそう思う。そんな中、私の体調不良が余程珍しいのかバンドメンバー全員がお見舞いに来てくれた。年頃の女の子の部屋に男が三人……。気持ちは嬉しいけれどむさ苦しいので勘弁して貰いたい。
「お大事にな。食いもんだけ置いとくから何かあったら電話するんやで」
健次はそう言うと私の額に掌を当てた。額に彼の固い指の感触が伝わる。気持ちいい。このままずっと撫でていて欲しい。……なんて馬鹿みたいなことを思った。
メンバーが帰えると私は死ぬほど深い眠りについた。夢さえ見ない。そんな深い眠りだ。その眠りは私を確実に回復させてくれた。
どれほど時間が経っただろう。私は意識のある世界に戻ってきた。瞼を開けても暗いのでおそらく夜だと思う。
枕元にあった携帯で時間を確認する。午前二時。地球上で最も深い時間だ。
携帯には数件のメールと着信が入っていた。内三件は西浦さん、他は健次とバンドメンバーだ。
それから私は目を擦りながら溜まっていたメールにひとつひとつ返信していった。文章を打ち込み、送信ボタンを押すたびに少しずつ覚醒していった。電子メールで接続された現実。人肌ではなく電波的な繋がり。そんな虚構が私を現実の世界に引き戻してくれた。
全てのメールに返信を終えると、私はベッドから起き上がってカーテンを開いた。窓の外には下北沢の裏路地とネオンが浮かんでいる。
ああ、ここともオサラバか。と私は思った。一ヶ月間過ごした我が家。おそらくもう二度とは戻らない我が家。
それから私は窓から見える裏路地を眺め続けた。路地の片隅で猫の鳴き声が聞こえた。
東京、東京、東京、東京、東京、名古屋、名古屋。そんなゲシュタルト崩壊してしまいそうな字面の一週間だ。自分の身で体験するとさすがにきつく感じる。
一ヶ月限定のラジオパーソナリティーは思いのほか面白い仕事だった。自分で言うのもおこがましいけれど、私はこの手の番組の進行が上手いらしい。ラジオ局のお偉いさんも「今度はレギュラー放送持って貰おうかな」と言ってくれたし、まぁ悪くはなかったのだろう。(リップサービスかもしれないけれど)
金曜のラジオが終わると同時にマイクロバスで地方へ移動。そんなハードスケジュールが四週間続いたけれど不思議と嫌だとは感じなかった。おそらく必死過ぎたのだ。辛いとか疲れたとか感じる余裕は私にはなかった。
名古屋、大阪、福岡。そして最終の東京公演。計八回の公演は当日券含め完売だった。その結果にあの西浦さんですら「貴方たちは頑張ったわ」と褒めてくれた。西浦有栖が素直に褒めたのだから余程のことなのだと思う。
東京公演を終えると溜まっていた疲れが一気に出た。一ヶ月ほとんど休みがなかったので仕方ないけれど動けないくらい身体がだるかった。
人生最大の疲れ。誇張なしにそう思う。そんな中、私の体調不良が余程珍しいのかバンドメンバー全員がお見舞いに来てくれた。年頃の女の子の部屋に男が三人……。気持ちは嬉しいけれどむさ苦しいので勘弁して貰いたい。
「お大事にな。食いもんだけ置いとくから何かあったら電話するんやで」
健次はそう言うと私の額に掌を当てた。額に彼の固い指の感触が伝わる。気持ちいい。このままずっと撫でていて欲しい。……なんて馬鹿みたいなことを思った。
メンバーが帰えると私は死ぬほど深い眠りについた。夢さえ見ない。そんな深い眠りだ。その眠りは私を確実に回復させてくれた。
どれほど時間が経っただろう。私は意識のある世界に戻ってきた。瞼を開けても暗いのでおそらく夜だと思う。
枕元にあった携帯で時間を確認する。午前二時。地球上で最も深い時間だ。
携帯には数件のメールと着信が入っていた。内三件は西浦さん、他は健次とバンドメンバーだ。
それから私は目を擦りながら溜まっていたメールにひとつひとつ返信していった。文章を打ち込み、送信ボタンを押すたびに少しずつ覚醒していった。電子メールで接続された現実。人肌ではなく電波的な繋がり。そんな虚構が私を現実の世界に引き戻してくれた。
全てのメールに返信を終えると、私はベッドから起き上がってカーテンを開いた。窓の外には下北沢の裏路地とネオンが浮かんでいる。
ああ、ここともオサラバか。と私は思った。一ヶ月間過ごした我が家。おそらくもう二度とは戻らない我が家。
それから私は窓から見える裏路地を眺め続けた。路地の片隅で猫の鳴き声が聞こえた。
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